第6回 我が国における食品の品質衛生管理のすがた
2014.09.15
J・FSD㈱ 池亀公和
昨年暮れ、「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録された。「和食」の食文化が自然を尊重する日本人の心を表現したものであり、伝統的な社会慣習として世代を越えて受け継がれていると評価され、無形文化遺産に登録されることとなった。
「和食」を評価する際には地理的な多様性によるさまざまな食材の使用、出来上がった調理品、栄養バランス、そして器や自然の美しさを表した盛りつけなどもてなしとしての評価などがあり、さらに四季や正月そして田植えなど年中行事と密接に関係する社会的慣習などがあげられている。
このような多くの側面からの評価により「和食」が世界的に認知されたことは非常にうれしいことではあるが、その和食料理の繊細さの中には、さらに日本独特の清潔な作業環境による調理風景も浮かんでくるのは私だけだろうか。
今回の登録はけっして商業主義的なものではなく、日本人の食文化、アイデンティティを守るための活動と強調されているが、やはり和食が世界的に認められている一つの大きな原因は健康的な食品ということであろう。和食を食べることで栄養バランスがよくその結果長寿になるという背景が和食を世界的に有名にしたのではないか。
Hygiene (衛生) という言葉は、健康と有益を意味するギリシャ語 “hygienos” からうまれたようだ。 健康と有益な栄養分の安定した入手は人類にとって必要不可欠な要素であることから徐々に和食の魅力に世界が注目されていったのだろう。
ヨーロッパでは、健康を意味する言葉が衛生をも意味するようになり、19世紀になると産業革命とともに食品工業も盛んとなることから、現在でも一部がつかわれている衛生基準が作られていく。
食品工業も好調に進んだことから、長期保存が可能な食品の製造や、工程中の病原菌削減するための新しいプロセスの開発もこの工業化と相まって進んでいった。1864年にはフランスの化学者である Louis Pasteur が保存食の低温殺菌法を発明し、1895年には、 Carl von Linde が保存食の冷却法を発明している。
そのころ我が国の食文化は肉食などが進み和洋折衷にはじまり、肉類魚介類の氷による冷蔵保存が定着することによりさらなる和洋折衷のメニューが開発されていく。また徐々に個々の箱膳による食事から家族一緒の食事ができる「ちゃぶ台」へと食文化が変化していくなかで、家庭では「いただきます」や「ごちそうさま」の食習慣が定着していった。
もともと清潔好きなわが国の国民は、調理をする道具にも非常に気を配り、マナイタの洗浄や包丁の管理は徹底しており、調理人を包丁人と称していたこともあるようだ。したがって我が国ではまだそのころ食品衛生に関するいわゆる規格や基準の存在はないが、作業環境は清潔で躾という規律の中で管理がされていたと考えられる。
このように、我が国では特別な規格や基準などがなくてもそれなりの衛生水準があったことは色々な慣習からも考えられ、今の日本人にもまだ引き継がれているところもある。
何よりも我が国ではすでに江戸時代には便所を出ると手桶や手洗い鉢で手を洗う習慣があり、大正時代には軒下につるされた陶器、ブリキ、ホーロー製等の手水器を使用する形式が生まれ、爲水ではなく水が下へ落ちることからさらに清潔な手洗いが可能となり便所での汚れを外に出さない仕組みができてきた。
和食の歴史とともに培ってきた文化は、私たち現代の衛生管理の中にもさりげなく浸透しており、世界の和食としての地位を明確にしたのだと思う。
今後、日本人が持っている清潔な文化から、和食をはじめとした多くの優れたメニューが作られ世界へ浸透していくことを強く望むところだ。