培地学シリーズ29
2017.08.15
グラム陰性桿菌選択培地 変法オリエンテション寒天培地
はじめに
グラム陰性桿菌用の選択培地として、欧米では、一般的にマッコンキ―寒天培地が、これに対して、日本ではドリガルスキー寒天培地(BTB乳糖寒天培地)が一般的に使用されている。
マッコンキ―寒天培地は胆汁酸塩の添加により、グラム陽性菌は発育しない。したがってこの培地ではグラム陰性桿菌のみが発育するが、ドリガルスキー寒天培地は選択剤が含まれていないために、グラム陰性桿菌のみならず、ブドウ球菌、腸球菌などのグラム陽性球菌や酵母様真菌など多種類の細菌が発育する。両培地の共通点は乳糖の分解による鑑別が可能であることである。
近年、特異酵素基質を用いた分離培地が開発されている。今回は、グラム陰性桿菌の選択培地として有用な、オリエンテション寒天培地に選択剤を添加した変法オリエンテション寒天培地について紹介する。
変法オリエンテション寒天培地(Modified Orientation Agar)
1.原理
オリエンテション寒天培地はRambachらによって開発された特異酵素基質を用いた分離用培地である。基礎培地としてのペプトンは炭水化物の含有量の少ないゼラチンペプトンをメインペプトンとして使用している。(他ペプトンに含まれる炭水化物は酵素反応に伴う発色反応が明瞭になりにくい点があるため)したがって、マッコンキ―寒天培地では、乳糖の分解を明瞭に区別するために、ゼラチンペプトンを主ペプトンとして用いられている。しかし、ゼラチンペプトンは栄養学的に弱いので、酵母エキスを添加している。
本培地は2種類の酵素基質が含まれている。酵素基質のβ―ガラクトシドとβ―グルコシドの両方または片方を分解する。あるいは、いずれも分解できない細菌に分類することが可能である。さらにトリプトファンにより腸内細菌のなかで、トリプトファンデアミナーゼ酵素活性をもつプロテウスグループ細菌を鑑別できる。
本培地のオリジナルの組成はグラム陽性菌等の発育するが、変法オリエンテションはバンコマイシンを添加することで、グラム陽性菌の発育は完全に阻止されるために、グラム陰性桿菌の選択培地として用いられる。したがって本培地ではグラム陰性桿菌が発育し、そのうちβ―グルコシダーゼ陰性、β―ガラクトシダーゼ陽性の大腸菌はピンクから赤色コロニー、β―ガラクトシダーゼ陽性、β―グルコシダーゼ陽性のKlebsiella-Enterobbacter-Serratiaは青色コロニー、β―グルコシダーゼ陽性、トリプトファンデアミナーゼ陽性のProteus-Morganella-Providenciaは青色―緑色コロニーでコロニー周囲が褐色化する。いずれも分解できない他の菌種は無色のコロニーを形成する。
2.組成(精製水1000mlに対して)
ゼラチンペプトン | 15g |
酵母エキス | 1.0g |
乳糖 | 10.0g |
ピルビン酸 | 1.0g |
塩化ナトリウム | 5.0g |
リン酸二水素ナトリウム | 2.0g |
X-Gal | 0.1g |
IPTG | 0.1g |
ブドウ糖 | 1.0g |
indoxyl-ß-glucoside | 0.1g |
トリプトファン | 1.0g |
寒天 | 15g |
バンコマイシン | 10mg |
pH6.9±0.2
3.組成の役割
ゼラチンペプトン
細菌が発育するために必要な栄養素は、①窒素源②炭素源である。細菌は蛋白質を分解する能力がないので、タンパク質をポリペプチド・ペプチドの型まで消化すると細菌が分解することができる。この蛋白を消化または分解した物質をペプトンと言う。
ペプトンの種類としてはカゼインペプトン・大豆ペプトン・獣肉ペプトン、心筋ペプトン・ゼラチンペプトン等があるが、本培地ではカゼインペプトン(膵臓のパンクレアチン消化)と獣肉ペプトン(獣肉ペプシン消化)及びゼラチンペプトン(ゼラチン膵消化ペプトン)が用いられている。獣肉ペプトンは栄養学的(アミノ酸・ビタミン・炭水化物などの含有量)に優れているために選択性の強い培地には必須のペプトンである。
本培地の特徴はゼラチンペプトンが主に使用されている点である。ゼラチンペプトンは最も炭水化物の含有量が少ないペプトンであることである。他のペプトン中に含まれる炭水化物の分解により誤判定が生じる危険性があるためである。本培地ではゼラチンペプトンを主ペプトンとして使用することにより、炭水化物の分解菌と非分解菌を明瞭に区別することできる。
酵母エキス
一般的な細菌が発育するために必須の栄養素ではありません。一般的にはペプトンの補助栄養剤として使用します。エキス類の添加することで不足した栄養分を補うことで細菌の発育を促進することができます。また、細菌の酵素活性を上げる作用(補酵素作用)はビタミン類が豊富に含まれているためです。酵母エキス、牛肉エキス、じゃがいもエキス等が培地には利用されます。本培地では各種ビタミン、アミノ酸、ミネラルが豊富な酵母エキスが発育促進剤として用いられております。同時にゼラチンペプトンでは不足した栄養を補助する目的であります。
塩化ナトリウム
菌体内外の浸透圧の維持するために用いられる。細菌の分裂においては細胞質の増大と細胞壁の合成が重要であるが培養の初期段階ではそのバランスが崩れて細胞壁合成が不完全な状態で細胞分裂がおこることがある。この時にできたプロトプラストは低張液では簡単に溶菌してしまうが、塩化ナトリウムを添加することで溶菌を防ぐことができる。
乳糖・ブドウ糖
培地に含まれる炭水化物は①エネルギ源、炭素源 ②炭水化物の分解による鑑別剤である。本培地では細菌が発育する時、①乳糖を分解するときに産生するβ―ガラクトシダーゼによりX-Galが分解して無色から赤色に変化する。②ブドウ糖が分解されるときに産生されるβ―グルコシダーゼ
X-gal(5-Bromo-4-Chloro-3-Indolyl β―D galactopyranoside)
ガラクトトースと置換インドールから構成される有機化合物である。β―ガラクトシダーゼにより分解されると青変する。(無色から青色)
IPTG(Isopropyl be-ta D-1-thiogalactopyranoside)
アロラクトースの類似体で、ラクトースオペロンの転写を誘導する。ラクトースリプレッサーに結合してその働きを阻害し、ラクトースを分解するβガラクトシダーゼの発現を誘導する。したがってX-galを含んだ培地には必ず使用する。
indoxyl-ß-glucoside
グルコシド (Glucoside) は、グルコースに由来する配糖体である。グルコシドは、植物では一般的に見られるが、動物では稀である。グルコシドが純粋に化学的な手段による加水分解あるいは発酵や酵素によって分解されると、グルコースが生じる。β-グルコシダーゼ(β-glucosidase; EC 3.2.1.21)は糖のβ-グリコシド結合を加水分解する反応を触媒する酵素。ブドウ糖の分解時に産生されるβ―グロコシダーゼにより分解され、無色から青色に変化する発色酵素基質である。
トリプトファン
トリプトファンはアミノ酸の一種である。プロテウスグループの細菌はトリプトファンをデ・アミナ―ゼ酵素によりフェニール・ピルビン酸を生成する。フェニール・ピルビン酸によりコロニー周囲は褐色化する。
リン酸二水素ナトリウム
pHの緩衝剤である。培地のpHを6.9±0.2を維持する。
ピルビン酸
化学的・物理学的障害により、損傷を受けた細胞を修復させる目的で添加されている。
バンコマイシン
バンコマイシン (Vancomycin、VCM) は、グリコペプチド系抗生物質のひとつ。真正細菌の細胞壁合成酵素の基質であるD-アラニル-D-アラニンに結合して細胞壁合成酵素を阻害し、菌の増殖を阻止する働きがある。大部分のグラム陽性菌に殺菌作用をもち、腸球菌に対しては静菌作用がある。
寒天
培地の固形化剤として用いられ、発育した菌の孤立コロニーを形成させることができるために菌の分類、鑑別が可能となる。寒天の原料は海藻であるテングサ、オゴノリである。培地用寒天はこのうちオゴノリから作成されたものが一般的に使用されます。
寒天の主成分はアガロースで糖が直鎖状につながっており、細菌には分解されにくい構造になっている。寒天の内部に水分子を内包しやすく、多量の水を吸収してスポンジ状の構造を形成する。水分を蓄えることができ、栄養分をその中に保持しておける。そのため、微生物の培地に適する。寒天培地を加熱していくと解ける温度を融点、また解けた寒天が固まる温度を凝固点と言う。寒天は融点が85~93℃、凝固点が33~45℃である。これも寒天に混ぜる成分により変動する。良い培地か否かは寒天の品質で決まる。品質とは透明度、ゼリー強度、粘度、保水力が優れている。
4.定量培養
①食品の10%乳剤を10 倍段階希釈する。
②各希釈段階の 10μlをオリエンテション寒天培地に、白金耳で画線塗抹する。
③37℃で24時間培養する。
④ 青色、ピンクから赤色または無色のコロニーを鑑別、成書に従い、同定試験を実施する
5.培地の限界
1.Aeromonas hydrophiliaが大腸菌と同様の赤いコロニーを形成する。
大腸菌との区別のためにオキシダーゼテストを実施する必要がある。
2.プロテウスの一部の菌種で遊走または拡散したコロニーを形成することがある。
培地は使用前に表面は乾燥させてから使用する。
3.コロニーの色のみで最終菌種同定はできない。
分離されたコロニーは成書に従い同定試験を行う。
文献
1)Samra Z. et al.1998. Journal of Clinical Microbiology, 36: 990-994.
2)Merlino, J., et al. 1996. . J. Clin. Microbiol. 34: 1788-1793.
3) Hengstler, K.A., et al. 1997. . J. Clin. Microbiol. 35: 2773-2777.
4) http://2013.igem.org/Team:ETH_Zurich/Experiments_3
5) 阪崎利一:新培地学講座 1998 近代出版