培地学シリーズ6
2015.09.15
―セレウス菌選択培地
はじめに
セレウス菌(Bacillus cereus)は環境細菌であり、土壌、空気、河川等の自然環境、そして農産物、水産物及び畜産物などの食料、飼料等に広く分布する通性嫌気性のグラム陽性芽胞形成の大桿菌である。本菌は環境に分布しているため、食品への汚染機会が多く、食品、食材の衛生的な取り扱いがなされない場合は食中毒をもたらすことがあり、食品衛生上重要視される。
セレウスという菌種名は培地上でワックス状のコロニーを形成することから命名されている。(セレウスはラテン語であり、日本語にするとワックス(蝋)という意味である。)
セレウス菌の選択培地としてNGKG寒天培地(Nacl-Glycine-Kim-Goepfect agar)、MYP寒天培地(Mannitol Yolk-Polymixin寒天培地)、PEMBA寒天培地(Polymixin pyruvate Egg-Yolk mannitol Bromthymol blue Agar)、CHROMagar B.cereus寒天培地、クロムアガーC-BC培地等が市販され、我が国の食品衛生検査指針ではNGKG寒天培地とMYP寒天培地、PEMBA寒天培地が記載されている。海外ではMYP寒天培地が、日本ではNGKG寒天培地の使用が多い。今回はNGKG寒天培地について紹介する。
NGKG寒天培地(Nacl・Glycine・Kim・Goepfect agar)
NGKG寒天培地 30℃ 24時間培養
1.原理
セレウス菌の選択培地はMosselらによりMYP寒天培地(1967年)が、その後、ウイスコン州立大学のH.U.KimとJ.M.Goepfertにより、セレウス菌の芽胞形成能が優れたKG medium<Egg yolk-Polymixin medium>が報告された。(1971年)NGKG寒天培地の基礎培地はペプトンに酵母エキスが加えられた組成である。選択剤としてはポリミキシンB・グリシンが含まれ、ポリミキシンBはグラム陰性菌を、グリシンは環境中の枯草菌(B.subtilis)の発育を阻止する目的である。鑑別用物質としては卵黄液が含まれ、LV反応(+)のセレウス菌とLV反応(-)の他菌種と区別する目的である。セレウス菌は本培地では周辺不規則で光沢のないワックス状の粗造で湿潤な灰色から暗灰色の集落を形成する。コロニー周囲にはLV反応により白色のハローが形成される。さらにコロニーの周囲はピンク色になる。
2.組成(精製水1000mlに対して
獣肉ペプシン消化ペプトン | 1g |
酵母エキス | 0.5g |
塩化ナトリウム | 4g |
グリシン | 3g |
ポリミキシンB | 50,000U |
フェノール赤 | 25mg |
寒天 | 18g |
卵黄液(20%) | 100ml |
pH 6.8±0.2
3.培地成分の役割
獣肉ペプシン消化ペプトン
細菌が発育するために必須の栄養素は①窒素源②炭素源である。細菌は蛋白分解力をもたない為に、蛋白質をポリペプチドやペプチドの型まで消化または分解しないと栄養素として利用できない。(蛋白を消化または分解した物質をペプトンと言う)
培地に一般的に使用されるペプトンとしてはカゼインペプトン・大豆ペプトン・獣肉ペプトン、心筋ペプトン・ゼラチンペプトンである。各ペプトンは培地の組成に合せて選択される。本培地は獣肉ペプトン(獣肉ペプシン消化)ペプトンが使用されている。獣肉ペプトンはトリプトファンに乏しいが含硫アミノ酸が多く、ビタミンや発育因子が多いなどの特徴がある。
酵母エキス
一般的な細菌が発育するためには必須の栄養素ではない。一般的にはペプトンの補助栄養剤として使用する。エキス類を添加することで不足した栄養分を補うことで細菌の発育を促進することができる。また細菌の酵素活性を上げる作用(補酵素作用)はビタミン類に豊富に含まれているためである
塩化ナトリウム
主として菌体内外の浸透圧の維持するために用いられる。細菌の分裂においては細胞質の増大と細胞壁の合成が重要であるが培養の初期段階ではそのバランスが崩れて細胞壁合成が不完全な状態で細胞分裂がおこることがある。この時にできたプロトプラストは低張液では簡単に溶菌してしまうが、塩化ナトリウムを添加することで溶菌を防ぐことができる。
グリシン
Bacillus属の中で最も多く環境中に存在している枯草菌(B.subtilis)の発育を阻止する目的で添加されている。
ポリミキシンB
グラム陰性桿菌に対する抗菌作用を示す抗生物質で腸内細菌をはじめとするブドウ糖発酵菌や緑膿菌のようなブドウ糖非発酵菌の発育を阻止する。(プロテウス、セラチアの一部の菌には抗菌効果がない。)
フェノール赤
フェノール赤はpHの変化によって変色するpH指示薬です。変色域はpH6.8以下黄色、pH8.4以上は赤色です。ペプトンの分解によるアンモニアの産生のみにより培地のpHはアルカリ性になるため赤変する。
寒天
寒天は培地の固形化剤である。原料は海藻であるテングサ、オゴノリである。細菌検査培地としてはオゴノリが原料として使用されている。(安価であるから)寒天の主成分はアガロースで糖が直鎖状につながっており、細菌には分解されにくい構造になっている。寒天の内部に水分子を内包しやすく、多量の水を吸収してスポンジ状の構造を形成する。水分を蓄えることができ、栄養分をその中に保持しておける。そのため、微生物の培地に適する。寒天を加熱していくと解ける温度を融点、また解けた寒天が固まる温度を凝固点と言うが、寒天は融点が85~93℃、凝固点が33~45℃である。これも寒天に混ぜる成分により変動する。良い培地か否かは寒天の品質が重要である。寒天の品質とは透明度、ゼリー強度、粘度、保水力が優れていることである。
卵黄液
卵黄液中にはレシチン(リン脂質)とアシールトリグリセリッド(脂質)成分が含まれ、この2つの成分をセレウス菌は分解することができるが、他の多くのバチルス属菌は分解することができないため、セレウス菌の鑑別剤として利用されている。レシチンが分解されるとコロニーの周囲はレシチンの結晶化により白濁する。さらにアシールグルセリッドの分解により表面が真珠のような光沢のあるコロニーを形成する。(ハロー現象)この反応をリポビテリンリパーゼ(lipovitellin lipase)反応と言う。
4.使用法<定量培養> #定性法で陽性の場合は実施する。
① 食品の10%乳剤を10 倍段階希釈する。
② 各希釈段階の 0.1 ml をNGKG寒天培地上に滴下し、コンラージ棒で広げる。
③ 30℃で18-24時間培養する。
④ 卵黄反応(+)集落の数をカウントし、1g 当たりの菌数を算出する。
5.培地の限界
1セレウス菌以外の菌種で本培地に発育して、卵黄反応陽性となる菌種がある。
Bacillus anthracis, Bacillus amyloliqufaiens Bacillus circulans,Bacillus thuringiensis,
Bacillus mycoides S.aureus Micrococcus luteus ,,S.saprophyticus,S.schleiferi ,などのセレウス菌以外の菌種が発育し、セレウス菌に類似したコロニー周囲の混濁が認められる。典型的なコロニーを形成していても、成書に従いセレウス菌の同定試験が必要である。参考6)
2.卵黄反応は陰性であるが、セレウス菌以外の菌種が発育する。
Enterococcus,Listeria spp.S.epidermidis,Serratia marcescens,Proteus spp,P.aeruginosa
は本培地に発育し、コロニーを形成します。但し卵黄反応は陰性である。参考6)
2. 卵黄反応陰性のセレウス菌ががある。
本培地で培養時間が24時間では卵黄反応が認めらず、48時間で認められる遅卵黄反応のセレウス菌がある。また全く認められないセレウス菌がある。参考5)
参考文献;
1)食品衛生検査指針 微生物編 2004、(社)日本食品衛生協会
2)Mossel,D.A, A.,M.J Koopman and E.Jongerius 1967. Appl.Microbiol.18;650-653
3)H.U.Kim.,and J.M.Goepfert,1971 J.Milk Food Technol.34:12-15
4)坂崎利一:新 細菌培地学講座 近代出版 1988
5)H.U.Kim. and J.M.Goepfert,1971.Appl.Microbiol.22:581-587
6)Sandra M.Tallent et.al, 2012 95:446-451
7)上田成子:2013 The Chemical Times 228:11-18