培地学シリーズ19

2016.10.15

大川微生物培地研究所 所長 大川三郎

大川 三郎先生の略歴

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― 乳酸菌選択培地 ―MRS寒天培地

 

はじめに

乳酸菌の定義はグラム陽性、カタラーゼ陰性、いずれも酸素の少ない環境に好んで発育し、発育栄養素として分解したブドウ糖に対して、50%以上の乳酸を生成する菌群である。

乳酸菌は土壌、植物、人や動物の腸管や口腔など体内など自然界に広く分布する。乳酸菌の多くは、他の有害菌の発育を抑制する効果が強いことから、有用菌として発酵乳や乳酸菌飲料など発酵食品の製造には欠かせない。一方、自然界に広く分布していることから、食肉製品、魚肉製品等の食品を汚染する機会が多い。さらに0℃付近の低温や45℃以上の高温、pH4前後の酸性域で増殖可能であり、酸素の有無に関係なく増殖でき、また多くの食品保存剤に対して抵抗性が高いなど、食品保存において制御しにくい菌群である。特に包装食肉及び魚肉製品の緑変、退色あるいはネト、酸味、ガス膨張、浸出液の白濁の原因として、製品価値を低下させることが知られている。現在では乳酸菌は変敗細菌として問題視され、二次汚染によるケースが多くみられる。例としては冷却水、冷却室内での結露によるもの、機械、器材を媒介にしたもの、空中浮遊菌として汚染したものなど多岐にわたる。従って食品から腐敗乳酸菌の検出と同時に製造環境に存在する乳酸菌の検出も食品管理の上では重要であると考えられている。

乳酸桿菌検出用培地としてBCP加プレートカウント寒天培地、MRS寒天培地、BL寒天培地、APT寒天培地、APT+BCP寒天培地、LBS寒天培地などがある。今回は菌数測定法として公定法に記載されているMRS寒天培地について紹介する。

 

MRS血液寒天培地(de Man, Rogosa, and Sharpe Agar

 

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MRS寒天培地は1960年にde Man ,Rogosa, Sharpeによって開発された培地である。従来は(1950年代)は乳酸菌の培養のためにトマトジュース培地が開発されていたが、多くの菌株はこの培地では発育せず、Rogosaらは口腔、糞便検体から乳酸菌の分離用培地を報告したが、この培地は乳製品からの乳酸菌の検出用培地としては適当ではなかった。DeManらは1960年に品質の一定しないトマトジュースを加える必要のない乳酸菌分離用培地を研究し、L.brevis、L.fermentansのような発育の遅い乳酸菌の発育も可能なMRS寒天、MRSブロスを開発された。Lactobacillusは大型で白色のコロニーを形成する。

 

1.組成(精製水1000mlに対して)

 

ゼラチン膵消化ペプトン 10.0g
牛肉エキス 8.0g
酵母エキス 4.0g
ブドウ糖 18.5g
リン酸一水素カリウム 2.0g
ポリソルベート80 1.0g
酢酸ナトリウム 3.0g
クエン酸アンモニウム 2.0g
硫酸マグネシウム 2.0g
硫酸マンガン 0.05g
寒天 13.5g

 

H 6.2±0.2

 

2.原理

基礎培地はゼラチンペプトン、牛肉エキス、酵母エキス、ブドウ糖である。ゼラチンペプトンは細菌が発育のために必須な窒素源、ブドウ糖は炭素源として用いられ、さらに発育促進物質として牛肉エキス、酵母エキスが加えられたリッチな組成の基礎培地である。(乳酸菌の発育のためには必須ではないが、コロニーサイズを大きくしたり、発育速度を早くすることである)ポリソルベート80は乳酸菌代謝に必要な脂肪酸である。クエン酸アンモニウムはグラム陰性菌、真菌及び乳酸菌以外の口腔細菌を含む一部の細菌を抑制する。

 

3.培地組成の役割

ゼラチン膵消化ペプトン

ペプトンはカゼンの種類としてインペプトン、大豆ペプトン・獣肉ペプトン・心筋ペプトン・ゼラチンペプトン等がある。本培地はゼラチンペプトンが使用されている。ゼラチンペプトンは炭水化物の含有量が極めて低い。従ってゼラチンペプトンは各種炭水化物の分解試験用培地に使用される。このペプトン単独では乳酸菌の発育には不良である。他のペプトンには多種類の炭水化物が含まれているため、乳酸菌の培地としては不適である。唯一の炭素源としてブドウ糖を分解できる細菌のみ発育できる。

酵母エキス・牛肉エキス

本培地にはエキス類として牛肉エキス・酵母エキスが添加されている。これらはビタミンが豊富であるために発育促進物質として使用されている。

酵母エキス とは、酵母の有用な成分を自己消化や酵素、熱水などの処理を行うことにより抽出されたエキスのことである。主成分としてアミノ酸や核酸関連物質、ミネラル、ビタミン類を含む。牛肉エキスは牛の肉抽出液を濃縮したもので、動物性アミノ酸・ビタミンが豊富に含まれているために選択性の物質を含む培地(選択培地)では発育促進物質として使用される。

ブドウ糖

ブドウ糖は乳酸菌が発育するための必須の栄養素である炭素源である。同時にブドウ糖を分解して多量の乳酸を産生する。従って、培地のpHは酸性を維持することができることが可能になる。そのために酸性域では発育できない細菌の発育を阻止することができる。

リン酸一水素カリウム

pH緩衝剤として用いられている。培地のpHを酸性にすることで乳酸菌の選択性を得ることが可能となる。リン酸一水素カリウム2g/L添加することで培地のpHを6.2±0.2を維持することができる。

ポリソルベート80    

オレイン酸エステルの混合物で非イオン性界面活性剤である。乳酸桿菌の代謝に必要脂肪酸である。乳酸桿菌が発育するために必須の成分である。

クエン酸アンモニウム・酢酸ナトリウム

本培地の選択剤として用いられている。乳酸桿菌の発育は抑制することなく、グラム陰性菌、真菌及び乳酸菌以外の口腔細菌の一部の細菌の発育を阻止する。

硫酸マグネシウム・硫酸マンガン

マグネシウム(Mg++)・マンガン(Mn++)等の2価のカチオンは酵素活性の増強剤として使用されている。乳酸菌の発育速度を速くすることが可能になる。(48時間培養でコロニー形成が可能)

寒天

寒天は培地の固形化剤であります。原料は海藻であるテングサ、オゴノリです。培地用としてはオゴノリが利用されております。主成分はアガロースで糖が直鎖状につながっており、細菌には分解されにくい構造になっております。寒天の内部に水分子を内包しやすく、多量の水を吸収してスポンジ状の構造を形成します。水分を蓄えることができ、栄養分を保持しておける。そのため、微生物の培地に適します。寒天培地を加熱していくと解ける温度を融点、また解けた寒天が固まる温度を凝固点といいますが、寒天は融点が85~93℃、凝固点が33~45℃です。これも寒天に混ぜる成分により変動します。良い培地か否かは寒天の品質で決まります。品質とは透明度、ゼリー強度、粘度、保水力が優れていることです。

 

4.使用法<混釈培養法>

①食品の10%乳剤を作成し、試料原液とする。

②試料原液1mlをシャーレに注ぐ。50℃に保ったMRS寒天培地15mlを注ぎ、良く攪拌。

③培地が固化後に上記MRS寒天培地を4ml重層する。

④35℃、2日間 5%炭酸ガス加好気性培養する。

⑤発育コロニーを鑑別する。成書に従い同定試験を実施する。

 

5.培地の限界

1)Lactobacillus以外の細菌が発育する。

本培地はLactobacillusの回収率、発育性は優れているが選択性は低い。乳酸桿菌以外の細菌ではEnterococcus属、Streptococcus属、ブドウ球菌属、大腸菌群、真菌類等の発育が阻止されない。これらの乳酸桿菌以外の細菌がコロニーを形成する。そのためにMRS寒天培地に窒化ナトリウム、ソルビン酸等の選択剤を添加して選択性を高めて使用する場合もある。

2)Lactobacillus以外の乳酸菌が発育する。

MRS寒天培地はLactobacillusの選択培地であるが、Leuconostoc属、Weissellia属及びPediococcus属などの乳酸球菌が発育する。これらの乳酸球菌の発育を阻止する必要がある場合はバンコマイシンを添加する必要がある。

3)遊走菌の発育した場合は乳酸桿菌のコロニーが区別できない。

Proteus属菌等の遊走性細菌が発育した場合は培地全面が遊走したコロニーに覆われることがある。ポリソルベート80で弱い遊走は抑制されるが限界がある。

 

参考文献; 

1)     Briggs.1953.J.Dairy.Res.20:36

2)     Rogosa.Mitchell and Wiseman,1951.J.Bacteiol.62:13

3)     De man,Rogosa and Sharpe,1960,J.Appl.Bacteiol.23:130

4) 坂崎利一:新 細菌培地学講座 近代出版 1988

5) Mac Faddin.J.F.1985 Media for isolation-cultivation of medical bacteria,vol.1

William&Wilkins,

6)Stiles,ME and Holzapfel,1997,Int.J.Food Microbiol.,36,1-29

7)木下英樹ら、2011 Milk science Vol,60,No.3

8)光岡知足:腸内細菌学、朝倉書店、1990