培地学シリーズ20
2016.11.15
― A群溶血レンサ球菌選択培地・・・SXT血液寒天培地
はじめに
A群レンサ球菌感染症はStreptococcus pyogenesを原因とする感染症である。主に飛沫感染するもので、保菌者の唾液、鼻汁などが飛散することによって鼻、咽喉から侵入するが、食品や水を介しての感染や皮膚などの創傷部(火傷、外傷)からの感染もある。A群レンサ球菌は菌の侵入部位や組織によって多彩な症状を引き起こす。日常よく見られる疾患として、急性咽頭炎、膿痂疹、蜂巣織炎、しょう紅熱、中耳炎、肺炎、などをおこす。
1997年に国際会議の警備にあたっていた警察官の間で、仕出し弁当が起因と想定されるA群レンサ球菌を原因とする大規模(有症者943名)食中毒が発生した。この事例以降、国内においても上気道炎を主訴とする食中毒の存在が認識されはじめた。
溶血レンサ球菌は血清型に基づいて20群に分類され(A~V, IとJは欠番)このうちA群に属するものがA群レンサ球菌である。A群溶血レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)はグラム陽性の球菌で、長い連鎖を形成し、芽胞や鞭毛はもたない。通性嫌気性、血液寒天培地ではβwo溶血(赤血球細胞膜を完全に破壊してコロニー周囲を透明化する。―β溶血と表現される。)細胞壁表層に存在するMタンパクの抗原性の相違から80以上の型に分類される。またMタンパクとは別に細胞壁に存在するTタンパクの抗原性に19種類にタイピングされる。
A群レンサ球菌の発育温度は10-15~40-45℃(至適温度37℃)、発育pHは4.8-5.3~9.3(至適pHは7.0)発育Nacl濃度は4.6-6.5%以下である。
A群レンサ球菌を食材や食材製造従事者・食材製造環境から検出することが必要となる。食材従事者材料からの検出用培地は存在するが、食材や食材環境からの検出のための適当な選択培地はない。今回は食材従事者や食中毒患者のA群レンサ球菌選択培地であるSXT血液寒天培地を紹介する。
SXT血液寒天培地
(Sulfamethoxazole –Trimethoprim Blood Agar)
SXT血液寒天培地は1977年にGunn、Onashi,Gyydosらによって開発されたA群レンサ球菌、B群レンサ球菌の選択培地である。咽頭からA群レンサ球菌の検出に本培地を使用することで羊血液寒天培地と比較すると42%検出率が向上したと報告した。その理由としては咽頭粘液には正常細菌叢として、Nesisseria、Viridansレンサ球菌、ブドウ球菌、等が存在するためにA群レンサ球菌がたとえ存在していても、これらの常在菌によって覆いかぶされて検出されなかったことである。(特に少数の菌であった場合)そこでGunnらはこれらの常在菌の発育を抑制し、A群レンサ球菌の発育は抑制されないスルファメトキサゾール・トリメトプリムを選択剤として用いた。さらに基礎培地としてはA群レンサ球菌のような発育のために栄養要求の厳しい菌でも発育が良好な組成になっている。しかもその成分はβ溶血性には影響を与えない。(正しい溶血性を維持する)レンサ球菌の溶血性は培地の組成によって大きく変動する。
1.組成(精製水1000mlに対して)
カゼイン膵消化ペプトン | 14.5g |
大豆パパイン消化ペプトン | 5.0g |
塩化ナトリウム | 5.0g |
発育因子(コリン、葉酸、リボフラビン) | 1.5g |
寒天 | 13.5g |
スルファメトキサゾール | 23.75mg |
トリメトプリム | 1.25mg |
羊脱線維血液 | 50ml |
pH 7.3±0.2
2.原理
基礎培地はカゼインペプトン、大豆ペプトンである。カゼインペプトン・大豆ペプトンは細菌が発育のために必須な窒素源、炭素源として用いられ、さらに発育促進物質としてコリン、葉酸・リボフラビンが加えられたリッチな組成の基礎培地である。スルファメトキサゾールとトリメトプリムが共同作用し、呼吸器系の常在細菌叢の発育を抑制する。羊血液はレンサ球菌の発育に必要な栄養を供給するとともに、溶血反応を鑑別することができるようにする。羊血液はβ溶血レンサ球菌と区別が困難であるHaemophilus hemolyticusの発育を阻止する。
3.培地組成の役割
カゼイン膵消化ペプトン
細菌が発育するために必要な栄養素は①窒素源②炭素源である。細菌は蛋白を直接分解する能力がないので、タンパク質をポリペプチド・ペプチドの型まで消化する必要がある。この蛋白質を消化または分解した物質をペプトンと言う。ペプトンの種類としてはカゼインペプトン・大豆ペプトン・獣肉ペプトン・心筋ペプトン・ゼラチンペプトン等がある。本培地はカゼインペプトン・大豆ペプトンが使用されている。カゼインペプトンは経済的に優れているので基礎ペプトンとして用いられる。
大豆パパイン消化ペプトン
大豆ペプトンは大豆をパパインで消化したもので、植物の炭水化物とビタミンとくにチアミンを豊富に含んでいる。一般的な細菌が発育するために必須のペプトンではない。カゼインペプトンの補助栄養剤として使用する。大豆ペプトンは不足した栄養分を補うことで細菌の発育を促進する。細菌の酵素作用を促進する作用(補酵素として)はビタミン類が豊富に含まれている。さらに大豆ペプトンに含まれている植物性炭水化物により細菌の発育を高めることが可能となる。
塩化ナトリウム
菌体内外の浸透圧の維持するために添加されている。細胞の分裂において細胞膜の増大と細胞壁の合成が重要であるが、培養初期段階ではそのバランスが崩れて細胞壁合成が不完全な状態で細胞分裂がおこることがある。この時にできたプロトプラストは低張液では簡単に溶菌してしまうが、塩化ナトリウムを添加することで溶菌を防ぐことができる。
発育因子
コリン・葉酸・リボフラビンが主の栄養素である。これらの成分はいずれもビタミン類である。ビタミンは細菌の発育にともなう代謝時に働く酵素作用を補う補酵素の役割を担う。したがって酵素作用の活性化により細菌の発育を良好にする。
スルファメトキサドール・トリメトプリム(Trimethoprim+Sulfamethoxazole)
トリメトプリム+スルファメトキサゾールは2つの抗生物質で、最適な効果を作り出す組合せです。トリメトプリムは、ジヒドロ葉酸還元酵素を阻害することによって、ジヒドロ葉酸からのテトラヒドロ葉酸の生産を阻害する。バクテリアの酵素は哺乳類の酵素に比べて、より強いものになっている。スルファメトキサゾールは、パラアミノ安息香酸と競うことによって、バクテリアのジヒドロ葉酸の合成を阻害する。よって、トリメトプリム+スルファメトキサゾールという組合せは核酸とタンパク質の生産という過程を阻害する。
大腸菌、肺炎桿菌、エンテロバクター・赤痢菌・ブドウ球菌等の感染症の治療薬として用いられている。本培地では呼吸器系の常在細菌であるナイセリア、ビリダンス連鎖球菌、A群、B群以外のほとんどの連鎖球菌の発育の阻止する目的で添加されている。
寒天
寒天は培地の固形化剤であります。原料は海藻であるテングサ、オゴノリです。培地用としてはオゴノリが利用されております。主成分はアガロースで糖が直鎖状につながっており、細菌には分解されにくい構造になっております。寒天の内部に水分子を内包しやすく、多量の水を吸収してスポンジ状の構造を形成します。水分を蓄えることができ、栄養分を保持しておける。そのため、微生物の培地に適します。寒天培地を加熱していくと解ける温度を融点、また解けた寒天が固まる温度を凝固点といいますが、寒天は融点が85~93℃、凝固点が33~45℃です。これも寒天に混ぜる成分により変動します。良い培地か否かは寒天の品質で決まります。品質とは透明度、ゼリー強度、粘度、保水力が優れている。
羊脱線維素血液
羊の血液からフィブリノーゲン(線維素)を取り除いた血液である。血液中のフィブリノーゲンは生体外で、フィブリンに変化することにより、凝固する。従って培地に添加する場合は脱線維素血液を用いる必要がある。採取した血液が凝固させないために、クエン酸ナトリウムなどの抗凝固剤を用いる方法があるが、クエン酸ナトリウムは細菌に対して抗菌作用があるために使用できない。細菌用培地に血液を利用する場合は物理的(ガラスのビーズ玉を入れた容器に採血した血液を加えて、ゆっくり振盪する。)な手段で脱線維素血液を作成する。血液を添加する目的は①栄養要求の厳しい細菌の発育すること②培地中の細菌の発育に有害な物質を吸着することで広範囲の細菌が発育する。③レンサ球菌の溶血性鑑別(α、β、γ)が可能である。(ブドウ球菌、リステリア菌、腸球菌等の溶血性の鑑別にとっても重要な役割がある)羊血液中にはNADを分解するNADaseを含んでいる(NADが発育に必要なHeamophilus属菌は発育できない。)
4.使用法<画線培養法>
①食品の10%乳剤を作成し、試料原液とする。
②試料原液を10μlの白金耳でSXT血液寒天培地に画線塗抹する。
④35℃、18~24時間 5%炭酸ガス加好気性培養する。
⑤発育コロニーを鑑別する。成書に従い同定試験を実施する。
(A群レンサ球菌はβ溶血環に囲まれた、小型で半透明の白色~灰色のコロニーを形成する。)
5.培地の限界
1)A群レンサ球菌以外のβ溶血レンサ球菌が発育する。
SXT選択剤ではB群レンサ球菌も発育抑制されないために、良好に発育する。本培地はA群・B群レンサ球菌の選択培地として使用されているので当然のことであるが、従って発育したβ溶血レンサ球菌は必ずバシトラシン感受性試験や血清学的な試験を用いて同定する必要がある。
2)レンサ球菌以外の細菌が発育する。
食品製造担当者やA群溶連菌による食中毒患者の咽頭粘液からの選択培地としては優れている。
(SXT選択剤は呼吸器材料からA群レンサ球菌を選択するために用いる)、食品材料からの検出用培地としては使用することは難がある。即ち、SXTで発育が阻止されない腸内細菌、緑膿菌などのブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌、真菌類等の発育が阻止できないことである。従って、他菌の汚染でオーバーグロスにより目的菌が検出できない(偽陰性)ことがある。
3)遊走菌の発育した場合はA群レンサ球菌が単独のコロニーが形成できない。
Proteus属菌等の遊走性細菌が発育した場合は培地全面が遊走したコロニーに覆われる。
たとえ培地にA群レンサ球菌が発育しても鑑別することができない。(偽陰性)
4)食品からA群レンサ球菌を検出する選択培地としては不適である。
本培地は咽頭粘液からA群レンサ球菌を検出するための選択培地であるために、呼吸器系器官に常在する他の細菌を阻止する選択剤が用いられている。本培地に使用されているSXT選択剤では食材中に存在するグラム陰性桿菌のほとんどの細菌の発育は阻止できない。
食材や食材製造環境検査用選択培地としては以下の選択剤を添加することが必要である。
① 幅広いグラム陰性桿菌の発育を阻止する選択剤を添加する必要がある。(アズトレオナム・ポリミキシンBなど)
②酵母様真菌・糸状様真菌の発育を阻止する選択剤を添加する。(ナイスタチン・ファンギゾン等の抗真菌薬)
参考文献;
1) Gunn.Onashi,Gydos and Hold. 1977. J.Clin.Microbiol. 5:650
2) 坂崎利一:新 細菌培地学講座 近代出版 1988
3) Mac Faddin.J.F.1985 Media for isolation-cultivation of medical bacteria,vol.1
4) 国立感染症研究感染症情報センター IDWR、2003年第37号
5) 鈴木理恵子ら、神奈川県衛生研究所研究報告 NO.36 (2006)
6) 東京都微生物検査情報 http//idsc.tokyo-eiken.go.jp/epid/1999/tbkj2005.htm
7) 二本柳伸ら、感染症学誌 81;441-448、2007