培地学シリーズ21
2016.12.15
― アエロモナス選択培地・・・BSIBG寒天培地
はじめに
Aeromonas(アエロモナス)は淡水域の常在菌で、河川、湖沼、その周辺の土壌及び魚介類等に広く分布している。また、河川水のみならず沿岸海水からもよく分離される。本菌感染症の発生は、それら自然環境の本菌による汚染が直接または間接に影響し、菌の増殖が活発な夏季に多い。
本菌の分離率は、地域、年、季節、検査方法などによって異なるが、全体的に熱帯および亜熱帯地域の開発途上国で高いので、これらの地域への渡航者下痢症からも本菌が分離されている。日本ではあきらかなアエロモナス集団下痢症の事例は少ないが、疫学的証拠から本菌が下痢症の原因菌として広く承認されている。症例のほとんどは散発例で、小児や50歳以上の成人に多く発生するのが特徴である。また同時に腸炎ビブリオなどの他の病原菌が同時に分離される事例が多い。
アエロモナスはグラム陰性桿菌であり、ヒト感染症には一般的には中温性アエロモナスの菌種が関与する。アエロモナスによる腸炎は、約12時間の潜伏期間後、多くは軽症の水様性下痢や腹痛を主訴として発症し、通常、発熱はあっても軽度で、1~3日で回復する。しかし、下痢が長期間持続する患者では潰瘍性大腸炎に類似する状態を起こすこともある。また、時には激しいコレラ様の水様性下痢を起こすことがあり、稀に血便、腹痛および発熱を伴う症例もみられる。
アエロモナスの選択分離培地としては日本ではSS寒天培地、DHL寒天培地、マッコンキ―寒天培地、ABPC添加血液寒天培地等が用いられている。米国ではIBGB寒天培地、BSIBG寒天培地、DNAトルイジン青アンピシリン寒天培地が用いられている。今回は食品からのアエロモナス菌の検出用培地であるBSIBG寒天培地を紹介する。
BSIBG寒天培地(Bile salts Irgasan Brilliant Green agar)
BSIBG寒天培地は飲料水、非加熱魚類、海産物、生乳等からアエロモナスを選択分離用培地として開発された培地である。基礎培地としては発育のための栄養素としてプロテアーゼペプトン・牛肉エキスを用い、炭素源としてキシロースが用いられている。アエロモナス菌以外の菌を阻止する目的で使用されている選択剤は①グラム陽性菌は胆汁酸塩、ブリリアント緑、アエロモナス菌以外のグラム陰性桿菌、球菌の選択剤としてはイルガサンが用いられている。キシロースは炭素源としてのみならず、キシロース分解菌と非分解菌を鑑別することを目的としている。(アエロモナスはキシロースを分解しない)すなわちアエロモナスは本培地では薄いピンクの透明から半透明のコロニーを形成するが、キシロース分解菌は紅色の混濁したコロニーを形成するので両菌の区別は容易である。
1.組成(精製水1000mlに対して)
牛肉エキス | 5.0g |
獣肉ペプトン | 5.0g |
D-キシロース | 10.0g |
チオ硫酸ナトリウム | 5.0g |
ブリリアント緑 | 0.005g |
中性紅 | 0.025g |
胆汁酸塩 | 8.5g |
イルガサン | 0.005g |
寒天 | 11.5g |
pH7.0±0.2
2.培地組成の役割
牛肉エキス
牛肉エキスは牛の肉抽出液を濃縮したもので、動物アミノ酸・ビタミンが豊富に含まれる。
本培地にはエキス類として牛肉エキスが用いられている。これはビタミン等が豊富に含まれているために発育促進物質として使用される。また本培地に含まれる胆汁酸塩により発育が抑制されるためにその影響を抑えるために使用される。
獣肉ペプトン
細菌が発育するために必須の栄養素は①窒素源②炭素源である。細菌は蛋白分解酵素をもたないために、タンパク質をポリペプチドやペプチドまで分解しないと栄養素として利用できない。獣肉ペプトンは他のペプトンに比べてトリプトファンに乏しいが含硫アミノ酸が多い。またビタミンや発育因子が多いことが特徴である。
D-キシロース
キシロースは①エネルギー獲得のための炭素源②キシロース分解菌と非分解菌の鑑別に使用されている。アエロモナスはキシロースは分解しないが他の腸内細菌等は分解するものが多い。
チオ硫酸ナトリウム
チオ硫酸ナトリウムはイオウ源として利用すると同時に胆汁酸塩の共存により、大腸菌やグラム陽性菌の発育を抑制する。
ブリリアント緑
ブリリアント緑は水溶液が鮮やかな緑色を呈する色素、酸塩基指示薬でもあり、酸性では黄色、塩基では青緑色を呈し、グラム陰性、陽性菌の発育を阻止、とくに緑膿菌、チフス菌以外のサルモネラ菌は阻止されない。
中性紅
中性紅はpHの変化によって変色する色素であり、pH指示薬ともいう。変色域はpH6.8以下では紅色、pH8.0以上は黄色である。さらに本指示薬の特徴は酸性域では胆汁酸塩が析出するために混濁したコロニーを形成するので、鑑別が容易である。
胆汁酸塩
デソキシコレートとタウルコレートを6:4の割合で混合したものである。目的は①グラム陽性菌、酵母様真菌の発育を阻止ためである。本培地は8.5g/Lと高濃度であるために大腸菌をはじめとする腸内細菌の発育を阻止できる。
イルガサン
イルガサンはビスフェノール構造をもった抗菌・抗真菌作用を示す物質で、熱に安定な為に、手指消毒用の石鹸やローションから歯磨き等のヘルスケア―用品をはじめ、子供用用具、台所用品や手術用グローブなどプラスチックや布地などに幅広く使用されている。イルガサンの作用機序は脂肪酸合成阻害剤である。抗菌性としてはグラム陰性、グラム陽性菌には有効であるが、一部の細菌においては効果が低い・(緑膿菌、エルシニア、アエロモナス等)
寒天
培地の固形化剤である。原料は海藻である天草・オゴノリである。培地用としては主としてオゴノリが利用されている。主成分はアガロースで糖が直鎖状につながっており、細菌によって分解されにくい構造となっている。寒天の内部に水分子を内包しやすく、多量の水を吸収してスポンジ状の構造を形成する。水分を蓄えることができ、栄養分をそのなかに保持できる。
3.使用法
① 食品等の10%乳剤を作成する。
② 資料原液の10μlをBSIBG寒天培地に画線塗抹する。
③ 35℃、18-24時間 好気培養する。
④ 発育したコロニーを観察する。薄いピンクの透明のコロニーの有無を確認する。
⑤ チトクロームオキシダーゼ試験を行い、陽性のコロニーについては成書に従い、アエロモナスの同定試験を実施する。
4.培地の限界
1、アエロモナス菌以外の細菌が発育することがある。
培地の選択性は他の選択培地に比べると高いが、エロモナス以外の細菌が発育することがある。例としてはProteus,P,aeruginosa等があるので注意する必要がある。
2、本培地にプロテウスが発育した場合は培地表面で遊走したコロニーを形成する。
本培地の選択剤では阻止できないプロテウスが発育した場合は培地全体がプロテウスの遊走コロニーに覆われて、同時に発育したアエロモナスを鑑別できない。
参考文献
1)阪崎利一:新細菌培地学講座 近代出版 1988
2)Arcot et al. 1988 Appl.Environ.Microbiol. Nov
3)Alvare ,R.J., et al 1983 Frorida Sci,46;52-56
4)American Public Health Association. 1985 16th ed. American Public Health Association.Washigton D.C,
5)Ampei,N., et al 1981 Lancet 987
6)Burke,V., et al 1984 Appl.Environ.Microbiol..48;361-366