培地学シリーズ22
2017.01.15
― Edwardsiella tarda 選択培地(ET培地)
はじめに
Edwardsiella tarda(E.tarda)は熱帯・亜熱帯地方では水系環境に広く分布し、魚介類に常在している細菌である。ヒトへは汚染された水や食品を介して腸管感染症を起こす。また、軟部組織感染症や敗血症などの腸管感染症外感染症を主に、日和見感染症として起こす事も知られている。小児での腸管感染症では下痢が水様性で1日5回以上に及び、数日間持続する。間欠的な発熱を伴うことが多く、時には下痢が遷延し、2週間以上継続する例もある。
また血便や激しい腹痛を伴う嘔吐を伴うこともある。Plesiomonasとの混合感染も報告されている。一方、魚類に対しては病原性が高くヒラメやウナギなどの養殖魚の管理上問題になっている。本菌は乳糖非分解のグラム陰性桿菌で腸内細菌科に分類されている。生化学的性状としてはサルモネラに類似しており培養検査ではサルモネラとの鑑別が必要となる。
E.tardaの検出用培地としてSS寒天培地、TSA-1寒天培地、Marine寒天培地、ET寒天培地が使用されているが、今回は特異性・回収性に優れているET寒天培地を紹介する。
ET寒天培地
ET寒天培地は1991年にLindquistによってE.tardaの選択培地として開発された。
E.tardaの選択培地として従来はSS寒天、TSA-1、Marine寒天培地が使用されていたが、いずれの培地も選択性が低く、試料中に含まれている他のグラム陰性桿菌の多くが発育するために検査の煩雑性、迅速性・検出感度等に問題があった。(試料中に存在する少数の菌数の場合は他菌のオーバーグロスにより検出できない)本培地はこれらの問題を解決するために開発された培地で、E.tarda以外の細菌は発育しない、発育しても他の菌とは鑑別が容易であることが特徴である。本菌の生化学的な性状の特徴はリジン脱炭酸陽性、硫化水素産生試験陽性、乳糖・マンニット、白糖の非分解である。これらの特徴を利用して培地の組成が構成されている。即ち、コリスチンによりE.tarda以外の多くのグラム陰性桿菌の発育を阻止し、E.tardaのみが無色の中心部が黒色化(硫化水素産生)のコロニーを形成する。
1)原理
基礎培地としてはゼラチンペプトンが主ペプトンとして用いられ、発育補助目的でカゼインペプトン、獣肉ペプトンが、さらに発育増強剤として酵母エキスが使用されている。(ゼラチンペプトンは炭水化物の分解を鑑別するために使用される。)これらの成分によりE.tardaは良好な発育を示すことができる。他菌の発育を抑制する成分としては胆汁酸塩、クリスタル紫、コリスチンが添加されている。即ち胆汁酸塩によりグラム陽性菌や真菌類、コリスチンによりグラム陰性桿菌の内Edwaradsiella,Proteus属菌以外の腸内細菌や緑膿菌等のブドウ糖非発酵菌の発育を阻止する。さらに鑑別用として乳糖、白糖、キシロース、マンニット(炭水化物の分解能)やリジン(リジン脱炭酸)、チオ硫酸ナトリウムと硫酸鉄アンモニウム(硫化水素産生)が添加されている。E.tardaは本培地に良好に発育し、しかも無色で中心部が黒色化(硫化水素産生)のコロニーを形成する。多くの細菌は本培地では発育が抑制されるが、たとえ発育して混濁した紅色のコロニーを形成するので両社の鑑別が容易にできる。
2)組成(精製水1000mlに対して)
ゼラチン膵消化ペプトン | 17.0g |
カゼイン膵消化ペプトン | 1.5g |
動物組織ペプシン消化ペプトン | 1.5g |
酵母エキス | 1.0g |
乳糖 | 10.0g |
ブドウ糖 | 2.0g |
白糖 | 5.0g |
マンニット | 5.0g |
キシロース | 5.0g |
リジン | 10.0g |
胆汁酸塩 | 1.5g |
チオ硫酸ナトリウム | 6.8g |
硫酸鉄アンモニュウム | 0.8g |
塩化ナトリウム | 5.0g |
中性紅 | 0.03g |
クリスタル紫 | 0.001g |
コリスチン | 1.0mg |
寒天 | 18.0g |
pH7.1±0.2
3)培地組成の役割
ゼラチン膵消化ペプトン・カゼイン膵消化ペプトン・動物組織ペプシン消化ペプトン
細菌が発育するために必須栄養素①炭素源②窒素源である。このペプトンは細菌が発育するために必須の窒素源である。細菌はゼラチン・カゼイン・動物組織などのたんぱく質は分解する能力がないので、これらのタンパク質は細菌が利用できるポリペプチド・ペプチドまで消化する必要がある。このようにタンパク質を消化・分解した物質をペプトンと言う。ペプトンの種類としてはカゼインペプトン。大豆ペプトン・獣肉ペプトン・ゼラチンペプトン・心筋ペプトンなどがある。カゼインペプトンはカゼインを豚の膵臓のパンクレアチンを用いて消化したペプトンである。経済性に優れるために、一般的に培地の基礎ペプトンとして用いられる。ゼラチンペプトンは炭水化物の含有量が少ないために炭水化物の分解を目的に使用する培地に使用される。本培地ではゼラチンペプトンを主のペプトンとして使用することにより、炭水化物の分解菌と非分解菌の区別が明瞭にすることができる。動物組織ペプシン消化ペプトンは培地に含まれる選択剤による影響をカバーする目的で使用される。
酵母エキス
酵母エキスは炭素源・窒素源というよりも、ビタミン・核酸・アミノ酸・有機酸・ミネラル等が豊富に含まれているためにEdwardsiellaの生育促進の目的で添加されている。
クリスタル紫
トリフェニールメタン系の色素の一種であり、ベーシックバイオレット3、塩化メチルロザリニンとも言う。一般的には染色液や殺菌消毒剤として使用される。本培地ではグラム陽性菌の発育阻止の目的で添加されている。
塩化ナトリウム
菌体内外の浸透圧の維持するために用いられ、細菌の分裂において細胞膜の増大と細胞壁の合成は重要であるが、培養初期段階ではバランスが崩れて細胞壁合成が不完全な状態で細胞分裂がおこることがある。この時にできたプロトプラストは低張液で簡単に溶菌してしまうが、塩化ナトリウムにより溶菌を防ぐことができる。
乳糖・白糖・キシロース・マンニット
乳糖は①炭水化物分解による菌種鑑別のためにふくまれている。E.tardaは乳糖・白糖・キシロース・マンニットともに非分解なので、無色のコロニーを形成する。E.tarda以外の菌はこれらの炭水化物のいずれか1つまたはそれ以上の炭水化物を分解するために混濁した赤色コロニーを形成する。(炭水化物分解でpHは↓ 酸性 非分解はpHの変化なし)
リジン
リジンはα―アミノ酸のひとつで、側鎖に4-アミノブチル基をもつ。タンパク質構成アミノ酸必須アミノ酸である。側鎖にアミノ基を持つことから、塩基性アミノ酸に分類される。
細菌により脱炭酸されると、カタベリンが生成される。(培地pHは↑ アルカリ性)
チオ硫酸ナトリウム・硫酸鉄アンモニウム
チオ硫酸ナトリウムはイオウ源として利用できる細菌によって分解される。<利用できる細菌(硫化水素産生菌)と利用できない細菌がある(硫化水素非産生菌)>この時に硫化水素が産生される。硫化水素は培地中の硫酸鉄アンモニウムの鉄と反応して黒色の硫化鉄が生成される。黒色になったコロニーの存在から硫化水素産生菌が鑑別できる。(Na2S2O3→H2S + Fe2+ →FeS)
中性紅
中性紅はpHの変化により変色する色素であり、pH指示薬と言う。変色域はpH6.8以下では紅色、pH8.0以上では黄色である。培地に発育した細菌が炭水化物を分解すると乳酸・ギ酸などを産生するためにpH指示薬である中性紅が赤変する。同時に培地中の胆汁酸塩に含まれるデオキシコール酸ナトリウムは酸性では不溶性のデオキシコール酸に変化して、中性紅と結合する。従って混濁した紅色のコロニーを形成する。非分解菌は培地の酸性化がおきないために無色の透明のコロニーを形成する。
寒天
寒天は培地の固形化剤として使用される。原料は海藻であるオゴノリ・テングサであるが、細菌用培地としては主に安価なオゴノリが使用される。主成分はアガロースで糖が直鎖状につながっているために、細菌により分解されない構造になっている。寒天の内部には水分子を内包しやすく、多量の水分を吸収したスポンジ状の構造を形成する。水分を蓄えることができ、栄養分をその中に保持しておけるために細菌培地用に利用されている。寒天は加熱して溶解する温度を融点、固まる温度を凝固点というが、寒天の融点は85-93℃、凝固点は33-45℃である。細菌培養に使用する寒天が培地パーフォーマンスに影響することがあるが、透明度・ゼリー強度、粘度・保水力のすぐれた寒天を使用することが重要である。