培地学シリーズ3

2015.06.15

大川微生物培地研究所 所長 大川三郎

大川 三郎先生の略歴

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はじめに

黄色ブドウ球菌の選択培地としてマンニット食塩培地、卵黄加マンニット食塩寒天培地、ブドウ球菌110寒天培地、ベアード・パーカー寒天培地、クラネップ寒天培地、コアグラーゼ・マンニット寒天培地、テルライト・グリシン寒天培地、クロムアガーSA寒天培地、DOXSA培地など多種類の培地がある。

我が国の食品衛生検査指針では卵黄加マンニット食塩寒天培地とベアードパーカー寒天培地の両培地が記載されている。

海外ではベアード・パーカー寒天培地が広く使用されているが、日本では卵黄加マンニット食塩寒天培地の使用が多いのが現状である。今回は卵黄加マンニット食塩寒天培地について紹介する。

 

卵黄加マンニット食塩寒天培地

 

 

 

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卵黄加マンニット食塩寒天培地 37℃ 48時間培養

 

1.原理

Kochによる”7.5%塩化ナトリウムを含む培地でブドウ球菌のみが発育する”という発見が本培地の基礎となっている。その後、Chapmanはフェノール赤・マンニット寒天培地に塩化ナトリウム7.5%を加えた黄色ブドウ球菌の選択分離用培地を開発し(1945年)Gillespie, W. A., and V. G. Alder.らはこのマンニット食塩寒天培地に卵黄液を加えた培地が黄色ブドウ球菌分離に有用であると報告した。(1952年)

基礎培地はペプトンに牛肉エキスが加えられた栄養価の高い組成である。これは高濃度食塩のストレスを受けたブドウ球菌の発育を補助・促進するためである。ブドウ球菌の選択剤として7.5%塩化ナトリウが含有されているためにブドウ球菌以外のほとんどの細菌の発育を抑制することができる。黄色ブドウ球菌の鑑別剤としてマンニット・フェノール赤と卵黄液が含まれている。マンニット分解菌では黄色、非分解菌は赤色のコロニーを形成し、同時にコロニー周囲の白濁(ハロー)でレシチナーゼ活性能を、真珠様光沢のコロニー形成によるリパーゼ活性を識別できる。上記性状結果から黄色ブドウ球菌と他のブドウ球菌を区別できる。

 

2.組成(精製水1000mlに対して)

 

牛肉エキス 1g
カゼイン膵消化ペプトン 5g
獣肉ペプシン消化ペプトン 5g
塩化ナトリウム 75g
D-マンニット 10g
フェノール赤 25mg
寒天 15g
卵黄液(50%) 100ml

pH 7.4±0.2

 

3.培地成分の役割

 

牛肉エキス

牛肉エキスは炭素・窒素源としてよりも,ビタミン・核酸・アミノ酸・有機酸・ミネラル等が豊富に含まれるためにブドウ球菌の生育促進物質を補う目的で用いられている。牛肉エキスは、肉を水で浸出したものを(加熱して)濃縮したものである.濃縮時に熱による成分の変性が起こっており,高濃度で使用すると微生物の生育を阻害することがあるので,通常0.3–0.5%程度の濃度で使用される。

 

カゼインペプトン・獣肉ペプトン

細菌が発育するために必須の栄養素は①窒素源②炭素源である。細菌は蛋白分解力をもたない為に、蛋白質をポリペプチドやペプチドの型まで消化または分解しないと栄養素として利用できない。(蛋白を消化または分解した物質をペプトンと言う)

培地に一般的に使用されるペプトンとしてはカゼインペプトン・大豆ペプトン・獣肉ペプトン、心筋ペプトン・ゼラチンペプトンである。各ペプトンは培地の組成に合せて選択される。本培地はカゼインペプトン(膵臓のパンクレアチン消化)と獣肉ペプトン(獣肉ペプシン消化)の2種類のペプトンが使用されている。カゼインペプトンは経済的に優れ、トリプトファンに富む.含硫アミノ酸が少ない。獣肉ペプトンはトリプトファンに乏しい.含硫アミノ酸が多い.ビタミンや発育因子が多いなどの特徴がある。

 

塩化ナトリウム

 ブドウ球菌が高濃度食塩(7.5%)の存在下で生育できるが、他の多くの細菌は発育することができないことを利用したブドウ球菌の選択剤として含まれている。

ブドウ球菌がこの高い濃度の食塩で発育できる理由としてナトリウムイオン透過への障壁性増強のための膜構成リン脂質の組成変化ができる(高塩環境下で培養するとカルジオリピンが著明に増加しナトリウムイオン透過への障壁として働き),菌体内一価陽イオンの恒常性を保持するため浸透圧を維持できる。

 

マンニット

マンニット(炭水化物)は①エネルギー獲得のための炭素源として②炭水化物の分解による菌種の鑑別のために含まれている。マンニット分解菌と非分解菌を区別するために含まれている。

 

フェノール赤

フェノール赤はpHの変化によって変色するpH指示薬です。変色域はpH6.8以下黄色、pH8.4以上は赤色です。マンニット分解菌は黄色のコロニーを非分解菌は赤色コロニーを形成する。

マンニットの分解により酸が産生されて培地pHは酸性になるので黄変し、マンニット非分解の場合は酸の産生がないのでペプトンの分解によるアンモニアの産生のみにより培地のpHはアルカリ性になるため赤変する。

 

寒天

寒天は培地の固形化剤である。原料は海藻であるテングサ、オゴノリである。細菌検査培地としてはオゴノリが原料として使用されている。(安価であるから)

寒天の主成分はアガロースで糖が直鎖状につながっており、細菌には分解されにくい構造になっている。寒天の内部に水分子を内包しやすく、多量の水を吸収してスポンジ状の構造を形成する。水分を蓄えることができ、栄養分をその中に保持しておける。

そのため、微生物の培地に適する。寒天を加熱していくと解ける温度を融点、また解けた寒天が固まる温度を凝固点と言うが、寒天は融点が85~93℃、凝固点が33~45℃である。これも寒天に混ぜる成分により変動する。良い培地か否かは寒天の品質が重要である。寒天の品質とは透明度、ゼリー強度、粘度、保水力が優れていることである。

 

卵黄液

卵黄液中にはレシチン(リン脂質)とアシールトリグリセリッド(脂質)成分が含まれ、この2つの成分を黄色ブドウ球菌は分解することができるが、他のブドウ球菌の多くは分解することができないため、黄色ブドウ球菌の鑑別剤として利用されている。レシチンが分解されるとコロニーの周囲はレシチンの結晶化により白濁する(ハロー現象)。さらにアシールグルセリッドの分解により表面が真珠のような光沢のあるコロニーを形成する。この反応をリポビテリンリパーゼ(lipovitellin lipase)反応と言う。

 

4.使用法<定量培養> 

#定性法で陽性の場合は実施する

①  食品の10%乳剤を10 倍段階希釈する。

②  各希釈段階の 0.1 ml を卵黄加マンニット食塩寒天培地上に滴下し、コンラージ棒で広げる。

③  37℃で48時間培養する。

④  マンニット分解(+)、卵黄反応(+)集落の数をカウントし、1g 当たりの菌数を算出する。

5.培地の限界

1.黄色ブドウ球菌以外の菌種が卵黄反応陽性となる。

Bacillus cereus ,Micrococcus luteus ,,S.saprophyticus,S.schleiferi ,などの黄色ブドウ球菌以外の菌種が発育し、黄色ブドウ球菌に類似したコロニー周囲の混濁(ハロー)が認められる。この培地で典型的なコロニーを形成していても、成書に従い黄色ブドウ球菌の同定試験が必要である。

2.発育したコロニーはコアグラーゼ試験に使用できない。

本培地に発育したコロニーを用いてコアグラーゼ試験を実施すると偽陰性を示す。(コアグラーゼ試験は必ず非選択培地で発育したコロニーを使用する。)

3.卵黄反応陰性の黄色ブドウ球菌がある。

動物由来のS.aureusでは卵黄反応・マンニット分解ともに陰性株が10%程度存在する。チーズ等の乳製品の材料を試験する場合は本培地の使用は不適である。

4.加熱処理された材料からの黄色ブドウ球菌の検出には不適である(回収率が低い)。

食品中に存在する黄色ブドウ球菌の損傷菌は発育不良です。食品中の細菌は加熱、乾燥、凍結や製造工程により細胞膜・細胞壁がダメージを受けると(損傷菌)発育が抑制または阻止される。特に培地に含まれている高濃度の塩化ナトリウムには損傷菌に対して影響を受けやすいために発育が不良になる。そのために正しい黄色ブドウ球菌群数の測定ができない場合がある。

 

参考文献; 

Koch.1942.Zentralbl.Nakteriol.Parasitenkd.Abt.1Orig.149:122

Chapman.1945.J.Bacteriol.50:201

Gillespie, W. A., and V. G. Alder. 1952. J. Pathol. Bacteriol. 64:187–200.

Baird-Parker A. C. and Davenport E. 1965. J. Appl.Bact. 28. 390-402.

Barak,E. Ricca and S. M. Cutting: 2005.Mol. Microbiol.55 ,33 0-338

友近健一:2002.防菌防黴学誌、30:85-90

坂崎利一:新 細菌培地学講座 近代出版 1988

池田徹也:2009.道衛研所報59、61-62