培地学シリーズ7
2015.10.15
―カンピロバクター選択培地<mCCDA寒天培地>
はじめに
Campylobacter jejuni/coli は1972年Butzlerによって下痢症の原因菌として報告された病原菌である。日本では1983年ごろ本菌が食中毒の原因菌として認識され、他の病原菌と比較すると比較的新しい病原菌である。カンピロバクターは家畜・家禽の腸管内に広く分布し、本菌に汚染された食肉、特に食鳥肉の生食、調理の不備等による喫食あるいは二次汚染等が食中毒の原因となる。最近では本菌による牛レバーの生食による事例やC.upsaliensisによる犬、猫の糞便汚染物の摂食による事例が小児の下痢症が報告されて注目されている。
カンピロバクターの選択分離培地としては培地組成に血液が使用されるスキロー寒天培地、バツラー寒天培地、ブレイザー寒天培地、プレストン寒天培地、血液の代わりに活性炭を使用した培地として、mCCDA寒天培地、カルマリー寒天培地、CAT寒天培地等がある。
我が国では食品衛生検査指針、微生物検査必携にカンピロバクター選択培地としてはスキロー寒天培地、米国ではFDAはAbeyta寒天培地、mCCDA培地をISO法はバツラー培地、スキロー寒天培地等を指定している。日本においては現在、国立医薬品食品研究所を中心にカンピロバクターの検査法について検討が行われており、それによると、分離培地としてmCCDA培地が用いられている。今回はmCCDA培地について紹介する。
mCCDA(modified Charcoal Cefoperazone Desoxycholate Agar)培地
mCCDAは1984年Hutchinson,とBoltonらにより開発されたカンピロバクターの選択分離培地である。この培地は従来の培地と比較すると次の2点が優れている。
①血液を使用しない。(活性炭+α)
②選択剤の選択(デソキシコレート、抗生物質)
である。これにより、培地管理が容易になったことや選択性が高くなったことである。さらに、ポリミキシンBを選択剤に使用していないので、他の選択培地と比べて検出率が高いことが特徴である。
カンピロバクター属菌の特徴は微好気性菌である。そのため酸素構成物(例えば過酸化水素)は本菌にとっては有害である。(従来の培地は血液が無毒化作用)本培地では無毒化剤として活性炭、硫酸第一鉄、ピルビン酸ナトリウムを使用している。これらの成分が共同で培地中の酸素構成物質(過酸化水素)を失活させる役割を果たす。選択剤としてはセフォペラゾン、アンフォテリシンB、デソキシコレートを用い、カンピロバクター以外の細菌の発育を阻止する。(セファゾリン⇒セフォペラゾンにすることで発育阻止菌種が拡大)
1.組成(精製水1000mlに対して)
牛肉エキス | 10g |
獣肉ペプトン | 10g |
カゼイン酸水解物 | 3g |
活性炭 | 4g |
デソキシコレート | 1g |
硫酸第一鉄 | 0.25g |
ピルビン酸ナトリウム | 0.25g |
塩化ナトリウム | 5g |
寒天 | 15g |
アンホテリシンB | 10mg |
セフォペラゾン | 32mg |
pH 7.6±0.2
2.原理
カンピロバクター属菌の特徴は微好気性菌である。そのため酸素構成物(例えば過酸化水素)は本菌にとっては有害である。(従来の培地は血液が無毒化作用)本培地では無毒化剤として活性炭、硫酸第一鉄、ピルビン酸ナトリウムを使用している。これらの成分が共同で培地中の酸素構成物質(過酸化水素)を失活させる役割を果たす。選択剤としてはセフォペラゾン、アンホテリシンB、デソキシコレートを用い、カンピロバクター以外の細菌の発育を阻止する。(セファゾリン⇒セフォペラゾンにすることで発育阻止菌種が拡大)デソキシコール酸ナトリウムによりグラム陽性菌、セフォペラゾンにより、C.jejuni/coliを除くグラム陰性菌、一部のグラム陽性菌、アンホテリシンBにより酵母様真菌の発育が阻止される。
3.培地組成の役割
カゼインペプトン・獣肉ペプトン
細菌が発育するために必須の栄養素は①窒素源②炭素源であります。しかし、細菌は蛋白分解力をもたない為に、蛋白質をポリペプチドやペプチドの型まで消化または分解しないと栄養素として利用できません。(蛋白を消化または分解した物質をペプトンと言う)このペプトンは窒素源、炭素源として発育することができるのです。培地に一般的に使用されるペプトンとしてはカゼインペプトン・大豆ペプトン・獣肉ペプトン、心筋ペプトン・ゼラチンペプトンであります。各ペプトンは培地の組成に合せて選択されます。本培地はカゼインペプトン(塩酸水解物)と獣肉ペプトン(獣肉ペプシン消化)の2種類の混合ペプトンが使用されております。カゼインペプトンは経済的に優れているために基礎ペプトンとして、獣肉ペプトンは栄養学的(アミノ酸・ビタミン・炭水化物などの含有量)に優れている為に(カゼインペプトンの不足栄養分を補強)選択培地には必須のペプトンであります。
牛肉エキス
牛肉エキスは炭素・窒素源としてよりも,ビタミン・核酸・アミノ酸・有機酸・ミネラル等が豊富に含まれるためにカンピロバクターの生育促進物質を補う目的で用いられている。牛肉エキスは、肉を水で浸出したものを(加熱して)濃縮したものである.
活性炭
培地成分と光の照射により生成される酸素構成物質(過酸化水素)を分解する目的で添加されている。また培地中に含まれる細菌にとって有害な不飽和脂肪酸を吸着することが可能である。また、培養環境から炭酸ガスをキャッチして、培地表面の環境を改善され、細菌の発育が良好になる。(培地表面のCO2濃度がリッチになる)
デソキシコール酸ナトリウム
デソキシコール酸ナトリウムは胆汁酸塩の1種でアニオン界面活性剤であり、①グラム陽性菌の発育を阻止(グラム陽性菌はペプチドグリカン層が厚く、細胞外膜がないために界面活性剤により溶菌されるために発育ができない。グラム陰性菌はペプチドグリカン層が薄く、細胞外膜が厚いために溶菌されないために発育できます。)②プロテウスの遊走を阻止する。
それ以外の胆汁酸塩としてコール酸ナトリウム、タウルコール酸ナトリウムが培地に利用されております。デソキシココール酸ナトリウムはこれらの胆汁酸塩の中では最も選択性が強いが、不安定であるため取り扱いに難があります。過剰な加熱や急激な温度変化で結晶化しやすいために、デソキシコール酸ナトリウムを培地に単品での使用はリスクがあります。その為にデソキシコール酸ナトリウム:コール酸=6:4の割合混合した胆汁酸塩が使用されます。
ピルビン酸ナトリウム、硫酸第一鉄
活性炭、ピルビン酸ナトリウム、硫酸第一鉄の組み合わせによって培地中で産生される過酸化水素を無毒化(分解)する。
塩化ナトリウム
塩化ナトリウムは培地の浸透バランスの維持をします。
寒天
寒天は培地の固形化剤であります。原料は海藻であるテングサ、オゴノリです。培地用としてはオゴノリが利用されております。主成分はアガロースで糖が直鎖状につながっており、細菌には分解されにくい構造になっております。寒天の内部に水分子を内包しやすく、多量の水を吸収してスポンジ状の構造を形成します。水分を蓄えることができ、栄養分をその中に保持しておける。そのため、微生物の培地に適します。寒天培地を加熱していくと解ける温度を融点、また解けた寒天が固まる温度を凝固点といいますが、寒天は融点が85~93℃、凝固点が33~45℃です。これも寒天に混ぜる成分により変動します。良い培地か否かは寒天の品質で決まります。品質とは透明度、ゼリー強度、粘度、保水力が優れていることです。
4.使用法<定量培養> #定性法で陽性の場合は実施する。
① 食品の10%乳剤を10 倍段階希釈する。
② 各希釈段階の 0.1 ml をmCCDA培地に滴下し、コンラージ棒で広げる。
③ 42℃で48時間、微好気培養する(酸素5%、炭酸ガス10%、窒素85%の環境)。
④ C.jejuni/coliはS型の2-3mmの濃いグレー色の隆起した特徴のあるコロニーを形成する。
⑤ 集落の数をカウントし、1g 当たりの菌数を算出する。
5.培地の限界
1. カンピロバクター以外の菌種でもコロニーを形成する。
① セフォペラゾン耐性グラム陰性桿菌(耐性の緑膿菌、セラチア、エンテロバクター)
② アンホテリシンBに耐性の真菌(C.glabrata,等)
③ デソキシコレート(1g/L)⇒腸球菌等
⇒発育したコロニーについては必ず成書に従い同定試験を実施する。
2. 食品中に存在するカンピロバクターの損傷菌は発育不良です。
食品中の細菌は加熱、乾燥、凍結や製造工程により細胞膜・細胞壁がダメージを受ける
冷凍保存されたサンプルの検査に不適である。(検出できない)カンピロバクターは凍結・解凍によりその生残性が著しく減少するために、凍結保存されることが多い検食からの分離が困難である。<輸入鳥肉は冷凍で流通しているため国産鳥肉よりもカンピロバクターの検出率が低いとされている。>凍結サンプルはボルトン培地で増菌培養する必要がある。(プレストン培地に含まれるポリミキシンBは一部のC.coliの発育が阻止されるので注意が必要である。)
⇒損傷菌対策された培地で増菌すること。
3. サンプルをボルトン培地で選択増菌培養した菌液をmCCDA培地で培養する場合は夾雑菌のオーバーグロスにより、原液では検出できないことがある。
⇒菌液の希釈液も同時に培養する。(ボルトン培地は選択性が低いため)
4.培地表面が乾燥した培地ではカンピロバクターが発育できない場合がある。
カンピロバクターの水分活性の至適発育は0.997であり、発育可能水分活性は0.987であるため培地表面の湿度が必要である。
⇒乾燥を防ぐために培養装置の中に水分を含んだガーゼを置く。
5、mCCDA培地に含まれた抗生物質が活性炭により吸着されるために、作成後の培地は保存中に選択性が弱くなる。
⇒選択性の弱くなった培地は使用しない。
6.mCCDA培地にポリミキシンBを添加した培地ではC.jejuni/coliの発育が抑制されることがある。(特にCampylobacter coliは顕著である。)―選択性は良いが、
⇒培地組成の確認が必要である。
7.セフェム系抗生物質に感受性のC.fetus、C.mucisus,C.upsaliensisは本培地での発育は不良である。
⇒上記のカンピロバクターの菌種が必要な場合は適切な培地で検査する必要がある。
参考文献;
- 厚生省監修:微生物検査必携 細菌・真菌検査 第3版 1987.
- 厚生労働省監修:食品衛生検査指針 微生物検査編、2004
- 厚生労働省医薬食品局食品安全部監視安全課:食中毒統計試料 2009.
- 食品からの微生物標準試験検討会 カンピロバクター ステージ2(作業部会案)
- Bolton F. J., Coates D., Hinchliffe P. M. and Robertson L. (1983) J. Clin. Path. 36. 78-83.
- Rubin S. J. and Woodward N. (1983) J. Clin. Microbiol. 18. 1008-1010.
- Steele T. W. and McDermott S. N. (1984) Pathology 16. 263-265.
- Neill S. D., Campbell J. N., O’Brien J. J., Weatherup S. T. and Ellis W. A. (1985) Int. J. Sys. Bacteriol. 35. 342-356.
- Doyle,MP,Romen DJ,(1982) Appl.Environ.Microbiol.24;840-843
- NgLK,stiles ME,Taylor DE(1985) J.clin.microbiol.22:510-514