培地学シリーズ2
2015.05.15
はじめに
食品素材や製品が人や動物の糞便で汚染されている事(糞便には赤痢菌、チフス菌、コレラ菌、サルモネラ菌等の腸管系病原菌が存在する可能性がある。)を示唆する糞便汚染指標菌としては大腸菌群、糞便系大腸菌群、大腸菌及び腸球菌があります。今回は大腸菌群数の検査用培地であるデソキシコレート寒天培地ついて紹介します。
デソキシコレート寒天培地
デソキシコレート寒天培地は1935年にLeifsonにより、サルモネラ菌、赤痢菌の回収率の優れていると報告されました。その理由としてはクエン酸塩、デソキシコレートの含有量の工夫にあります。(大腸菌群の発育に影響を受けない含有量になっている。)臨床材料からサルモネラ、赤痢菌のスクリーニング培地として開発された培地です。我が国の食品衛生法では食品中の大腸菌群数測定用の培地として掲載されています。
デソキシコレート寒天培地
35℃ 20時間
1.組成(精製水1000mlに対して)
カゼインペプトン | 5g |
獣肉ペプトン | 5g |
乳糖 | 10g |
デソキシコール酸ナトリウム | 1g |
塩化ナトリウム | 5g |
燐酸二カリウム | 2g |
クエン酸鉄アンモニウム | 1g |
クエン酸ナトリウム | 1g |
中性紅 | 30mg |
寒天 | 15g |
pH 7.3±0.2
2.原理
腸球菌以外のグラム陽性菌、酵母用真菌はデソキシコール酸ナトリウムにより発育が阻止されますが、グラム陰性菌の多くは発育阻止を受けないために良好な発育をします。本培地に発育したグラム陰性桿菌で乳糖分解菌は乳酸を産生(酸性)でpH 指示薬である中性紅が赤変します。さらにデソキシコール酸ナトリウムは酸性で不溶性のデソキシコール酸と変化し中性紅と結合します。従って、混濁した赤色コロニーを形成します。乳糖を分解できない菌は培地中のペプトン分解によるアンモニア(アルカリ性)により無色の透明のコロニーを形成します。
培地組成の役割
カゼインペプトン・獣肉ペプトン
細菌が発育するために必須の栄養素は①窒素源②炭素源であります。しかし、細菌は蛋白分解力をもたない為に、蛋白質をポリペプチドやペプチドの型まで消化または分解しないと栄養素として利用できません。(蛋白を消化または分解した物質をペプトンと言う)このペプトンは窒素源、炭素源として発育することができるのです。培地に一般的に使用されるペプトンとしてはカゼインペプトン・大豆ペプトン・獣肉ペプトン、心筋ペプトン・ゼラチンペプトンであります。各ペプトンは培地の組成に合せて選択されます。本培地はカゼインペプトン(膵臓のパンクレアチン消化)と獣肉ペプトン(獣肉ペプシン消化)の2種類の混合ペプトンが使用されております。カゼインペプトンは経済的に優れているために基礎ペプトンとして、獣肉ペプトンは栄養学的(アミノ酸・ビタミン・炭水化物などの含有量)に優れている為に(カゼインペプトンの不足栄養分を補強)選択培地には必須のペプトンであります。
乳糖
乳糖(炭水化物)は①エネルギー獲得のための炭素源として②炭水化物の分解による菌種の鑑別のために含まれております。従って本培地では乳糖分解菌と非分解菌を区別することが可能です。
デソキシコール酸ナトリウム
デソキシコール酸ナトリウムは胆汁酸塩の1種でアニオン界面活性剤であり、①グラム陽性菌、酵母用真菌の発育を阻止(グラム陽性菌はペプチドグリカン層が厚く、細胞外膜がないために界面活性剤により溶菌されるために発育ができない。グラム陰性菌はペプチドグリカン層が薄く、細胞外膜が厚いために溶菌されないために発育できます。)②プロテウスの遊走を阻止する。
それ以外の胆汁酸塩としてコール酸ナトリウム、タウルコール酸ナトリウムが培地に利用されております。デソキシココール酸ナトリウムはこれらの胆汁酸塩の中では最も選択性が強いが、不安定であるため取り扱いに難があります。過剰な加熱や急激な温度変化で結晶化しやすいために、デソキシコール酸ナトリウムを培地に単品での使用はリスクがあります。その為にデソキシコール酸ナトリウム:コール酸=6:4の割合混合した胆汁酸塩が使用されます。
クエン酸鉄アンモニウム、クエン酸ナトリウム
クエン酸鉄アンモニウムは析出した胆汁酸を中和して無毒化します。
クエン酸ナトリウムはデソキシコール酸ナトリウムの培地中での溶解度を高めます。
中性紅
中性紅はpHの変化によって変色する色素であり、pH指示薬といいます。変色域はpH6.8以下で赤色、pH8.0以上は黄色です。
塩化ナトリウム
塩化ナトリウムは培地の浸透バランスの維持をします。
燐酸二カリウム
燐酸二カリウムは培地の培地pHの緩衝剤であり、培地のPHの維持をします。
寒天
寒天は培地の固形化剤であります。原料は海藻であるテングサ、オゴノリです。培地用としてはオゴノリが利用されております。主成分はアガロースで糖が直鎖状につながっており、細菌には分解されにくい構造になっております。寒天の内部に水分子を内包しやすく、多量の水を吸収してスポンジ状の構造を形成します。水分を蓄えることができ、栄養分をその中に保持しておける。そのため、微生物の培地に適します。寒天培地を加熱していくと解ける温度を融点、また解けた寒天が固まる温度を凝固点といいますが、寒天は融点が85~93℃、凝固点が33~45℃です。これも寒天に混ぜる成分により変動します。良い培地か否かは寒天の品質で決まります。品質とは透明度、ゼリー強度、粘度、保水力が優れていることです。
3.使用法(混釈重層法)
① 各希釈段階につき2枚のシャーレに調製した試験液を1mlずつ分注します。
② 45-50℃に保温したデソキシコレート寒天培地15mlを各シャーレに分注し、試験液と混和させます。寒天が固まったら培地5mlを重層します。
*この重層は培地表面でのコロニーの遊走、スライディング防止、典型的な(VP陰性菌とVP陽性菌が同じ色)コロニー形成させるためです。(VP陽性菌のアセトインの産生が抑制される)
③ 35℃±1℃の孵卵器で20±2時間培養します。
④ 大きな赤色で混濁したコロニーを大腸菌群としてコロニー数をカウントします。
4.培地の限界
1. 大腸菌群以外の菌種でも赤いコロニーを形成します。
多くのグラム陰性桿菌がこの培地で発育します。このうち、乳糖非分解菌は無色の透明のコロニーを形成するため大腸菌群とは鑑別ができますが、乳糖分解菌(Aeromonas・Kluyvera・Rhanella・Yersinia・Acintobacter等)は大腸菌群と同様のコロニーを形成します。( これらの菌は食品衛生上の大腸菌群でありません)
2. 腸球菌は赤いコロニーを形成します。
大腸菌群の回収率を良好にするためにデソキシコレートの含有量を低く抑えているために腸球菌の発育を完全に抑えることができません。腸球菌は乳糖分解できるために赤いコロニーを形成します。(しかし、大腸菌群に比べるとコロニーが小さい。)
3.食品中に存在する大腸菌群の損傷菌は発育不良です。
食品中の細菌は加熱、乾燥、凍結や製造工程により細胞膜・細胞壁がダメージを受けると(損傷菌)発育が抑制または阻止される。特に本培地に含まれているデソキシコール酸ナトリウムには損傷菌は影響を受けやすいために発育が不良になります。そのために正しい大腸菌群数の測定ができない場合があります。”損傷菌”対策のための成分が本培地には含まれていない。
4.オートクレーブ滅菌や、必要以上に加熱した培地は選択性が弱くなり、また寒天のゲル強度が低下することがあります。
参考文献;
Leifson, E. . . J. Pathol. 40:581-599.1935
Buchbinder,.L,et al , Am J.Public Health 43:869-972、1951
Barak,E. Ricca and S. M. Cutting: Mol. Microbiol.55 ,33 0-338 (2005)
友近健一:VNC菌とその衛生学的問題、防菌防黴学誌、30:85-90,2002.
坂崎利一:新 細菌培地学講座 近代出版 1988