培地学シリーズ28

2017.07.15

大川微生物培地研究所 所長 大川三郎

大川 三郎先生の略歴

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アスペルギルス選択培地 Czapek-Dox 寒天培地(CDA)

 

はじめに

Aspergillus属というカビは土壌中や環境に存在しているが、とくに熱帯地方ではカビ毒を産生する能力が高いカビが生息している。熱帯地方で収穫された農作物にはAspergillus属カビが付着している可能性があり、カビ属の産生に適した条件で貯蔵された場合、農作物(豆類、穀類、香辛料等)がカビ毒によって汚染されることになる。またAspergillus属カビ毒に汚染された飼料を給餌された畜産動物の肉や牛乳およびその加工品も、カビ毒によって汚染されている。カビ毒は一般的に加熱処理や調理工程において解毒されないので、農作物や畜産物に含まれたカビ毒は最終食品から摂取されることになる。アスペルギルス属が産生するカビ毒のヒトでの食中毒例としてAspergillus flavus ,Aspergillus vesicolor, Aspergillus parasticus, Aspergillus ochraceus等がある。アスペルギルスの選択培地としてはサブロー寒天培地・PDA寒天培地・麦芽エキス寒天培地・ツァペック・ドクス寒天培地等がある。今回はツァペック・ドクス寒天培地(CDA)について紹介する。

 

CzapekDox 寒天培地(CDA

 

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1.原理

Czapek-Dox寒天培地はチェコの植物学者のFriedrich Czapekとアメリカ合衆国の化学者のArthur W.Doxによって開発され、現在使用されている組成は1926年にThomとCharchにより改良された培地である。本培地は発育源として、炭素源として白糖を、唯一の窒素源として無機物の硝酸ナトリウムを用いている(半合成培地として分類されている)。したがって硝酸ナトリウムをN源として利用できない細菌・真菌類は発育できない。→栄養学的選択性培地である。さらに本培地に発育したアスペルギルスの特徴のある色素産生や菌糸体・分生子の生成にすぐれているため、米国の水道局等の機関のアスペルギルスの試験に用いる標準培地として推奨されている。

 

2.組成(精製水1000mlに対して)

 

白糖 30g
硝酸ナトリウム 2g
リン酸水素二カリウム 1g
硫酸マグネシウム  0.5g
塩化カリウム 0.5g
硫酸第一鉄  0.01g
寒天 15g

 

pH7.3±0.3

 

3.組成の役割

白糖

すべての真菌は有機物が栄養源となっている従属栄養性の生物である。真菌が主に炭素源としては、さまざまな糖類がある。なかでもブドウ糖、白糖、マルトースなどが真菌の炭素源となる。本培地で白糖を選択した理由は①白糖はグルコースとフルクトースが結合したニ糖類である。マルトース・乳糖も二糖類であるが前者は還元性を示す還元糖であるが、白糖は還元性を示さない非還元糖である。培地成分のカラメル化現象が起きにくいためにアスペルギルスの発育が良好である②浸透圧が低い(水分活性が高い)高濃度の炭水化物を培地に含まれる場合は培地の浸透圧が高くなる。浸透圧が高いと、アスペルギルスの発育は抑制される。白糖はブドウ糖を使用した培地と比較すると浸透圧が低くなる。

硝酸ナトリウム(NaNO3

一般的な培地では発育するためのN源としてペプトンが用いられるが、本培地ではN源としてこのペプトンを使用せずに、硝酸ナトリウムが唯一のN源として用いられていることが特徴である。N源として利用できない細菌類や真菌類は本培地では発育できない。栄養学的選択剤として利用された成分である。

リン酸水素二カリウム

培地pHの緩衝剤として用いられている。本培地に高濃度に含まれる白糖の分解により、培地のpHは酸性になる。そのために、培地はアスペルギルスの発育至適pHを維持するためにリン酸水素二カリウムを添加している。

硫酸マグネシウム

マグネシウムイオンは細胞中の重要な陽イオンでありATPが関与する多くの酵素反応の無機補酵素や、酵素と基質の結合のおける役割がある。無機イオンを利用して細胞成分を合成し、増殖する。色素活性の増強剤でもある。

塩化カリウム

アスペルギルスはコロニーの色である程度の種の鑑別が可能になっている。塩化カリウムは分生子の色素産生を強化するために用いられいる。

硫酸第一鉄

鉄イオンを酸化してエネルギーを獲得し、培地内の炭酸ガスを固定化することにより、細胞構成成分を合成し、増殖を活性化する。

寒天

寒天は培地の固形化剤である。原料は海藻であるテングサ、オゴノリが用いられる。微生物培地用の寒天は、このうち安価なオゴノリが利用されている。主成分はアガロースで糖が直鎖状に繋がっており、細菌の酵素によって分解されない構造になっている。寒天の内部には水分子を内包しやすく、多量の水を吸収して、スポンジ状の構造を形成している。したがって水分・栄養分を蓄え、維持することができるために微生物用の培地の固形剤として使用される。

 

4.使用法<画線塗抹法>

①食品の10%乳剤を作成し、試料原液とする。

②試料原液0.1mlをCDA寒天培地(pH7.3±0.3)に画線塗抹する。

③30℃、48-72時間 好気性培養する。

④発育コロニーを鑑別する。成書に従い同定試験を実施する。

*コロニーの鑑別は①コロニー周囲の色②コロニー表面の色③コロニーの裏側の色などを観察する。

 

5.培地の限界

1)好乾性糸状様真菌は発育できない。

和菓子などのような水分活性が低い食品に発生しやすい好乾性糸状様真菌は本培地では発育できない。好乾性糸状菌とは、食品の水分活性が0.8以下でも発育可能なAsperillus属の一部(A.penicilloides等)、Eurotium属の一部(E.halophiticum等)、Wallemia属、Chrysosporium属、Xeromyces属、Basipelospora属がある。これらの糸状菌はCDA寒天培地では発育できない。したがってこれらの糸状菌を発育させるために水分活性の低いジクロラン・グリセリン18寒天培地や25%グリセロール・硝酸塩寒天培地などの好乾性真菌用培地を使用する。

2)試料中のアスペルギルスが多量の場合はコロニーの単離ができないケースがある。

アスペルギルスの分生子は連鎖状のものが多く、菌糸の伸長が速く、コロニー同士が重なり、単離できないケースがある。この場合は試料液を適当に希釈するか、培地に界面活性剤を加えると良い。

3)アスペルギルス以外の真菌類が発育する。

アスペルギルス以外の真菌類が発育する。とくにペニシリリウム属がアスペルギルスと類似のコロニーを形成するので注意が必要である。

4)コロニー色のみで確定同定できない。

コロニーの色による鑑別はあくまでも、アスペルギルス属の同定の参考程度にする。成書による詳細の試験後に同定の確定をする必要がある。

 

 

文献

1.宇田川俊一 :食品のカビ汚染と危害 、幸書房、東京 2004

2.宇田川俊一 :食品菌類ハンドブック、医歯薬出版、東京、1984

3.久米田裕子 :日本食品微生物学会雑誌。25(2)、66-69、2008

4.Thom and Church ,1926, The Aspergillus ,39 ,1926

5.Etaton,A,D., et.al  American Public Association .Washinton ,D.C 1988

6.坂崎利一 新細菌培地学講座 近代出版 1988

7.https://www.researchgate.net/publication/273763418_Characterization_of_Aspergillus_species

8.諸角 聖 他 Ann.Rep.Tokyo Metr.Inst. P.H. 55 2004