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第127話 ロボット導入と食品安全

2024.10.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

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 フードチェーン、特に食品製造業では、ロボットがさまざまな目的で導入されています。従来型のロボットも長年使用されてきましたが、「コボット Cobot」とも呼ばれる協働型ロボットが普及し始めています。

 図2のように、わが国の食品工場でも導入され、活躍しています。コボットも、食品安全の維持向上にも役立って欲しいものです。

1) 協働型ロボット、コボット

 コボットCobos は、collaborative or cooperative robotsを語源とし、協働型ロボットとも呼ばれています。人手不足に悩まされているフードチェーンの解決策として期待されています。コボットは、未だ価格が高いことが普及の障害になっているようです。コボットと従来の産業用ロボットとは、いくつかの違いがあります。コボットには追加できるソフトウェアと計器が搭載されているため、従来の安全バリアがなくても従業員と一緒に安全に作業ができます。

 コボットは通常、産業用ロボットよりも持ち運びやすく、異なる作業用に再プログラムするのも比較的簡単です。また、コボットは通常、産業用ロボットよりも設置面積を小さくすることができます。

 食品製造業では、コボットは食品などの検知、取り上げと再配置によく使用されます。梱包やパレット積み込みなどです。調理や配合などの作業ができるコボットも実用化されています(図2)。

 食品工場などでの自動化は、労働力の問題や人手不足を軽減するために効果的に実施されています。コボットは反復的な作業を実行できるため、人間工学的な疲労・傷害やその他の安全上の問題を軽減するのに役立ちます。

 ロボットは、高温、低温、湿気、ほこりの多い環境でも作業できます。休憩時間を減らし、生産性と製品の品質を向上させ、顧客からの苦情を減らすことができます。コボットを含む自動化は、フードチェーンにおける課題や苦労を、解消あるいは軽減しうる可能性があります。

2)ロボット導入の食品安全への影響

 わが国も食品衛生法によりHACCPに沿った衛生管理が制度化されています。農林水産省は、フードチェーンにロボットを導入することで、、食品衛生的な問題が起こらないようにガイドラインを作成しています(図3)。

 ロボットを含む新しい機械や設備が導入されたり、作業プロセスが変更されたりするたびに、ハザード分析を始めとする食品安全計画を再検討する必要があります。再検討は、新しい機械や設備が食品安全システムに影響を与えるかどうか、またその影響はどの程度かを判断する必要があります。

 ハザードを許容レベルまで下げたり、排除したりするためにどのような衛生対策を変更、あるいは新たに導入する必要があるかを判断しなければなりません。

 食品安全チームは、作業プロセスを点検し、ロボットの導入により、生物学的、化学的、物理的ハザードが変化するか、製品に影響が及ぶのかを評価する必要があります。

 表1と2は、食品などを掴み上げ、位置を変えるロボット(ピックアップロボット)を食品工場に導入した場合のハザード分析の実施例です。表1は生物的ハザード、表2は物理的ハザードの分析例です。化学的ハザードは、無視できると判断され省略されています。

3)食品安全文化への影響

 食中毒が発生したり、品質の悪い食品により消費者が迷惑を被ったりすることもあります。戦争や国際的な政情不安、さらには気候変動もあって、フードチェーンへの不安感も漂っています。食品安全に関係する法律やシステムの不十分さだけではなく、図4のように人的要因である食品安全文化への対応不足が原因ではないのかと考えられるようになりました(第52話)。

 消費者を含む、農場から食卓までの食品取扱い現場の全員に、安全な食品を提供する責務があります。科学や技術も進展し,フードチェーンにも多くの工夫が導入されています。残念ながら、悪意のある食品偽装や毒物の混入対策,悪意のない食中毒や異物の混入にも対策や工夫が取り入れられ,法的な整備も行われて来ました。

 人間は悪意がなくてもミスを犯し,機械装置も故障します。その結果として、食中毒や食品苦情が発生することがあります。最新の食品安全システムを導入しても,やがて時代の流れに合わなくなります。諸行無常であり,継続的な改善が求められています。継続的改善と言うのは簡単ですが,実行は容易ではありません。

 食品安全文化が不足している、あるいは脆弱であることが、Codexの食品衛生の一般原則にも書き込まれています。フードチェーンでは分業が行われ、各所で団体やチームで仕事が進められています。従来から、働き甲斐のある職場で、安全で高品質の食品を消費者に提供するための努力が続けられてきました。

 現在では、職場における個々人の心理状態を整え、集中力を保てる状況を維持することに注目されるようになりました。心理的安全性を確保する必要があるという指摘もあります。

 図5のように、食品安全ではハザード分析の第4の要因として心理社会的要因も取り扱うべきであるとの意見もあります。図5の執筆者であるJespersonさんは、GFSI世界食品安全イニシアチブの食品安全文化の取りまとめをされている方です。

 フードチェーンにも沢山の機械・設備が配置されており、ロボットと働く現場も多くなっています。従前以上に気持ちよく働けるように、チームとしての助け合いなど、心理的安全性にも取り組む必要があると指摘されています。

 わが国の食品取り扱い現場でも、これまでの失敗から教訓を得てきました。誰も見ていなくても、為すべきこととして5Sなどの実行が浸透しています。5Sは、整理・整頓・清掃・清潔・躾(良い習慣)です。5Sの徹底が不十分であると、誤認や判断ミスも増え、食品安全上の問題も生じさせてしまいます。

 残念ながら、機能性表示食品で死亡や深刻な健康被害が発生した事件が起こっています。Codexでも取り上げられている食品安全文化を認識し、5Sについても再確認を行う良い機会ではないかと思われます。

 ロボットの協力も得ながら、「安全第一、品質第二、利益第三」の食品取扱いを徹底して欲しいものです。「ドラえもんとのび太くん」のように、仲良くフードチェーンに貢献することを期待しましょう。

参考文献:

1) J.Hamlett: Next-Gen Hygiene: How Do Collaborative Robots Affect Food Safety Programs, Food Safety Magazine, August 8, 2024, https://www.foodsafety.com/articles/9673-next-gen-hygiene-how-do-collaborative-robots-affect-food-safety-programs

2) 農林水産省: 食品製造現場におけるロボット等導入及び運用時の衛生管理ガイドライン, 2024年4月,

https://www.maff.go.jp/j/press/shokuhin/kigyo/240417.html

3) Codex: General Principal of Food Hygiene, CXC 1-1969, Revised in 2022

https://www.fao.org/fao-who-codexalimentarius/sh-proxy/en/?lnk=1&url=https%253A%252F%252Fworkspace.fao.org%252Fsites%252Fcodex%252FStandards%252FCXC%2B1-1969%252FCXC_001e.pdf

4) C. Wallace: Cultural revolution, Food Sci. Technol., 33, 14-17. 2019

https://doi.org/10.1002/fsat.3301_5.x