home食品衛生コラム食品と微生物とビタミン愛第132話 2024年食中毒事例速報より

第132話 2024年食中毒事例速報より

2025.03.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

http://researchmap.jp/isshiki-kenji/

 2025(令和7)年の食中毒発生事例速報が、公表されています。概要は表1に示します。食中毒の事件数と患者数の経年変化は、図1に示しました。病因物質毎の食中毒事件数と患者数の変化は、図2に示しました。

 一見すると、食中毒はわが国では問題なく抑制されているように見えます。よく考えると、水面上に出ている氷山の頂を見ている、あるいは闇夜の海を航海しているようだとも感じられます。注意すべきは、紅麹サプリメント関係の健康被害などは、食中毒統計速報には反映されていないことです。大阪市は、2024年10月10日に、紅麹サプリメントの摂取による食中毒と判断したとの報道がなされています。

 厚生労働省のホームページには、表2のように「いわゆる健康食品」による健康被害として、紅麹サプリメント関係の健康被害の様子が示されています。わが国の食品安全の実態は、食中毒統計だけでは把握できないと考えられます。

1)食性病害と食中毒

  食品のリスク管理が不十分で発生する食中毒などの健康障害を、食性病害(Foodborne illness)と総称しています。食性病害と食中毒との関係や食品の品質との関係を図3に示しました。

 食品安全は食性病害のない状態であり、食品衛生は食品安全を確保し維持する手段です。食品の安全性確保には「リスク分析」と「フードチェーン対策」(「フードチェーン・アプローチ」)を、自転車の両輪のように連動させる必要があります。

 食品安全は、祖先からの命がけの大問題でした。食料調達に知恵を使い、道具も使い、火も使うようになりました。安全な食品を安定的に調達するためには、地球規模の環境対策や次世代への配慮も必要です。

 食中毒は、食性病害に含まれます。食品衛生法では、「食品、添加物、容器若しくは容器・包装に起因する中毒」とされています。わが国では、患者を診察した医師からの届け出や住民からの通報などにより、保健所が食中毒の疑いを探知してから調査が開始されます。

 厚生労働省の食中毒統計では、図4のように分類されています。食物アレルギーは、食中毒には含まれていませんが、微量を摂取しても死に至ることもある、重要な食性病害です。

 2024年3月に発覚した紅麹サプリメントによる健康被害は、食品衛生法に基づく製品の回収命令が出されており、事件の全容解明のための調査が行われています。表2のように、現在に至っても全容の解明には至っていませんが、2024年9月には政省令レベルの再発防止の措置が取られています。

2)米国会計検査院(GAO)の報告も参考に

 2025年2月にGAOが興味深い報告書を発表しています。米国の食中毒などの管理状況について進展が見られないとの警告と、今後の改善を求める目的で書かれているようです。

 米国の食品安全に関する規制の複雑さや、管理の断片化が指摘されています。国家の食品安全戦略を連携して遂行することによって、食性病害を削減できるようなると結論付けています。

 米国では食中毒で毎年約53,300人が入院し、900人以上が死亡していると記されています。毎年、多くの食中毒が、サルモネラ属菌、リステリア・モノサイトゲネス、カンピロバクター菌、ウェルシュ菌、志賀毒素産生大腸菌(STEC)、ノロウイルスの6つの病原菌によって引き起こされていると記されています。

 GAOは食品安全を米国における高リスクの問題と見なし、国家食品安全戦略の策定・推進を勧奨してきました。しかし、食品安全戦略は停滞していると指摘しています。、疾病管理予防センターCDCによる食中毒患者の把握が十分ではないとも、指摘されています。図5のように、CDCは食中毒の患者数やその動向は適切に把握できていないとされています。水面上の氷山の一角を見ているだけであるとされています。

 米国では、 積極的に食中毒を検知する手法Active surveillanceが採用されています。病院からの報告を持つだけではなく、食中毒の患者を疫学担当者が探し出して、必要に応じて推計を行っています。米国全域を精密に調査することは極めて困難であるため、図6に示された州や地域、合計10ケ所を積極的に調査しています。その集計結果を米国全体に反映させる推計を行っています。

 わが国は、上述のように衛生当局への食中毒の疑いの報告を待つ受動的調査Passive surveillanceが採用されています。米国での食中毒の発生状況とわが国の状況が、大きく異なるのは調査法の違いによるものと考えられます。GAOは食中毒の現実をCDCは、把握できてないと指摘しています(図5)。わが国の実際の食中毒発生状況は、さらに深刻な状況であると考えられます。

 GAOは多くの食中毒の、リスク管理を強化するように指摘しています。図7のように、原因となる食品の管理責任官庁が異なることにも問題があり、改善をすべきであると指摘しています。CDC、FDA(食品医薬品庁)、USDA-FSIS(米国農務省食品安全検査局)の連携協力は、改善されていないとも指摘しています。

GAO は、食品安全担当機関全体にわたる持続的な高レベルの安全管理を期待しています。

 米国の食品安全行政と比較すると、わが国にはGAOのような意見や勧告を行う行政機関がないと言わざるを得ないようです。2003年に食品安全基本法が策定され内閣府食品安全委員会が設立されたときには、委員会が行政機関に食品安全に関する勧告を行い、意見を述べるとされていました。消費者庁が設立されるなどリスク管理機関などが複雑になりました。

 現在も、食品安全基本法第23条は変更されてはいません。米国のGAOに相当する、わが国の会計検査院は、食品安全に関して関心は薄いと思われます。食中毒のみならず食性病害の防止の観点から、後手を引くことなく、わが国のフードチェーンの現状を把握し、見直して欲しいと思います。GAOの報告書も、良く読んでいただきたいと願っています。

参考文献:

1) 厚生労働省:食中毒統計資料、令和6年食中毒発生事例

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/04.html

2) U.S. Government Accountability Office

Food Safety: Status of Foodborne Illness in the U.S., GAO-25-107606, Q&A Report to Congressional Addressees, February 3, 2025

https://www.gao.gov/assets/gao-25-107606.pdf