home食品衛生コラム食品と微生物とビタミン愛第79話 国内でもサルモネラ属菌食中毒に要注意

第79話 国内でもサルモネラ属菌食中毒に要注意

2020.10.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

http://researchmap.jp/isshiki-kenji/

 


第78話では,北米でタマネギや桃を媒介とするサルモネラ属菌食中毒が発生していることをお話ししました。国内でもサルモネラ属菌による食中毒が発生しています。

図1は,長野県でのウナギ弁当による発生例です。今回は,サルモネラ属菌食中毒を過去の食中毒だとして軽視してはいけないことをお話しします。

1)厚生労働省の食中毒統計では


本年の1月1日から9月1日までに,厚生労働省が地方自治体から報告を受けたサルモネラ属菌食中毒の事件例は、表1のように多くはありません。わが国の食中毒調査は,受け身的な調査です。病院の医師が診察した患者が,食中毒に罹患しているとの疑いを持ち,地域の保健所に連絡をすると食中毒の調査が始まります。

厚生労働省に報告されていなくても図1のように、サルモネラ属菌食中毒の疑いを持たれている場合もあります。6月の大阪の事業所給食での患者数16名の発症例,7月の米子での保育園給食による44名の発症例,7月の愛知県の幼稚園給食での22人発症例,8月の群馬県の飲食店での9名発症例などです。


わが国は衛生状態が良く,医療体制も整っているのでサルモネラ属菌食中毒による死亡例は少なくなりました。しかし,新型コロナウイルス感染症のまん延による医療崩壊が起こると,サルモネラ属菌食中毒を発症しても,手遅れになり,死に至る可能性も高くなります。


表2には,過去のわが国の患者数が多かった食中毒事件例を示しています。3千人以上の患者を出した食中毒事件にサルモネラ属菌は2回も顔を出しています。次項でお話ししますが,わが国ではサルモネラ属菌食中毒は腸炎ビブリオ食中毒とともに,2000年ころから減少しました。


サルモネラ属菌は腸炎ビブリオよりも,毒性が高く、環境耐性も強く,より広い範囲の食品を汚染するなどの特徴を持ちます。海外では,いまだにサルモネラ属菌は猛威を振るっています。わが国でも,その対策を怠らないようにしま
しょう。

2)2000年前後での食中毒事件例の変化について


 図2には,1995年から2010年までの食中毒事件の病因物質ごとの変化を示しています。1990年代は腸炎ビブリオとサルモネラ属菌が食中毒を頻繁に引き起こしていました。2000年を過ぎると,この両者による食中毒は減少し,カンピロバクター属菌とノロウイルスによる食中毒が頻繁に起こるようになりました。


2011年から今日に至るまで,サルモネラ属菌と腸炎ビブリオによる食中毒は図3のように増えてはいません。ノロウイルスとカンピロバクター属菌による食中毒事件数は増加したままです。

2013年以降,寄生虫アニサキスによる食中毒事件数が増加しています。これは,医学が進歩し,内視鏡によって患者の胃内から当該アニサキスを取り出すことが多くの病院で可能になったためです。さらに,海産物の流通技術の発達により,活きの良いアニサキスが活きの良い海産物とともに届けられるようになったことにも一因があると考えられます。

 サルモネラ属菌食中毒の2000年以後の減少は,その多くがサルモネラ・エンテリティディス(SE)による鶏卵の汚染を最小化しようとした努力のおかげだと考えられています。サルモネラ・ティフィムリウム(ST)などの対策も行われています。サルモネラ属菌は,種類が多く,環境でも分布が広く,環境耐性もいうことから,引き続きフードチェーンの清浄化・清潔維持を続けて行くことが大切です。

第19話で,お話ししましたように,わが国における腸炎ビブリオ食中毒の減少は,魚介類での腸炎ビブリオ汚染が減少したためではありません。リスク管理を科学的根拠に基づいて行うための法的整備と、水産物の生産から消費までのフードチェーンの各段階での改善努力によるものです。海洋調査では、現在も病原性のある血清型O3 : K6の腸炎ビブリオ食中毒大流行パンデミック株や他の血清型の病原性腸炎ビブリオが検出されています。

今後とも、サルモネラ属菌や腸炎ビブリオ食中毒対策を継続し、油断しないことが大切ですね。新型コロナウイルス対策も兼ねて,手洗いを励行して行きましょう。

 

参考文献:


1)感染症情報センター:サルモネラ感染症,
http://idsc.nih.go.jp/disease/salmonella/byougenn.html


2)東京都:食中毒対策のために知っておきたい微生物ハンドブック、2019年3月
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/shokuhin/pamphlet2/files/biseibutuhandbook.pdf

3)島田英明:サルモネラ食中毒発生減少の考察,Avian Disease Information,16,1-4,2020年6月24日,
https://www.kmbiologics.com/vet/adi/pdf/KADI-No16.pdf