第114話 フードテックと食品の安全性確保
2023.09.01
フードテックは、フードFoodとテクノロジーTechnologyからできた造語です(図1)。最近の文書には「多様な食の需要に対応するための新しい技術」として使われる例が増えています。フードテックの拠り所は、遠い昔から蓄積されてきた人類の経験と知恵であると思われます。人類は多くの失敗も経験し、欠点を改善し、技術の開発や利用を続けてきました。ご先祖は、より確実に食料を調達できるように農業や漁業を始め、より安全で美味しく、栄養に富んだ食品を食べられるよう努力してきました。
フードテックを利用した食品も、当然、安全性を確保が必要です。最近のフードテック製品の動向について考えてみましょう。
1)安全な食用の歴史が確認できない食品や技術
わが国では、「安全な食用の歴史がなく、健康を損なうおそれがないと確認できない食品」の販売を、食品衛生法第七条(表1)により禁止することができます。厚生労働省は、該当する可能性のある食品については、事前に相談を行うよう要請しています。諸外国でも、該当する食品の事前相談を求めています(図2)。
米国では事前相談により、既存の食品あるいはGRAS(Generally Recognized As Safe)物質であると、政府の同意が得られれば、食品として販売することが可能となります。肉類の衛生対策は、農務省USDAが所管しています。図2のように、培養肉と呼ばれる食肉代替品については、培養までを食品医薬品庁FDAが事前相談を担当し、収穫以降はUSDAが担当しています2)。
欧州連合(EU)、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどでは、新規食品Novel Food(NF)というカテゴリーを設置して、当該食品の当局への事前相談を法的に要求しています。
EUは他の地域で食べられていても、EU諸国で食べられていなければNFとしての安全性評価と欧州委員会(EC)による承認を要求しています。
2)最近のフードテックについて
表2は、国連食糧農業機関FAOが報告した実用化が期待される食品や技術です。追加すべき食品や技術も書き加えました。食品の衛生管理は、Codex食品衛生の一般原則を尊重することが、国際標準となっています。わが国も2018年に食品衛生法を改正して、一般衛生管理に加えて、HACCPに沿った衛生管理を制度化しています。
フードテック利用であっても、食品の安全性確保は責任を持って行う必要があります。食品安全基本法第八条には、食品関連事業者の責務として、「自らが食品の安全性の確保について第一義的責任を有している」ことが明記されています。
3)昆虫食品
昆虫は、大昔から食料として利用されてきました。図3のように、わが国のイナゴの佃煮やフランスのエスカルゴ(かたつむり)料理などは、定着しています。「かたつむり」は貝類ですが、わが国では「でんでん虫」とも呼ばれ、昔から虫と見なされています。
産業として利用可能な昆虫食素材として注目を集めているのは、①ミールワーム、②ヨーロッパイエコオロギ、③フタホシコオロギ、④アメリカミズアブ(幼虫)の4種類です。昆虫食品への違和感を持つ方もおられます。乾燥粉末化するなど形状を残さずに食材化すると普及しやすいと考えられます。
EUは、ミールワーム、ヨーロッパイエコオロギなどをNFとして、食品としての安全性評価を欧州食品安全機関EFSAが行っています。EFSAは、表3に示した「Novel Foodに関する規制対応ガイドライン」に従って評価を行い、昆虫の持つアレルゲンへの対策(表示など)が必要などの意見を付した評価書を公表しています。評価書には、食中毒菌の調査結果も報告されており、生食は避けるべきであると記載されています。ECは評価書を受けて、ミールワーム、ヨーロッパイエコオロギなどをNFとして認定しています。
4)植物性代替食品
ガンモドキのようなモドキ食品は、既に食べられています。動物由来の原料を含まない鶏卵の代替品も開発されている。植物由来の脂肪や糖質で調製した牛乳代替品や加工品なども開発されています。注意すべきは、チーズ代替品でリステリア食中毒が発生しており、衛生管理の手抜きは許されないことです。
5)動物性代替食品
カニカマボコのように、カニを使わずに魚のスリミを加工してカニ風に仕上げたものもあります。カニのトロポミオシンが原因となる、食物アレルギーを持つ人にも好評を得ています。昆虫の乾燥粉末を配合した食品や飼料も製造されています。
6)微生物性代替食品
微生物や藻類の利用も進んでいます。赤カビを利用した鶏肉様の菌糸体食品が食べられており、インドネシアではクモノスカビと大豆を利用したテンペが食べられています。藻類スピルナなどを利用した代替食品の開発も行われています。
図4はフィンランドの技術ですが、空気と微生物を利用してタンパク質を得ることが可能です。わが国でも、早く実用化して欲しいものです。
7)培養肉等代替食品
FAOは表5のように、細胞を培養して食品にする場合のハザード(危害要因)や懸念事項を示しています。従来の肉を構成する細胞と培養された代替物の成分や性質に違いが生じる場合には、慎重に食品としての安全性を確認する必要があります。培養された代替品を肉と呼ぶか否かの議論も必要となります。国際的な合意には、十分な議論が必要です。イタリアは、強い懸念を表明しています。
シンガポールは、 2020年に鶏由来の培養肉の販売を認可しています。培養物は食品素材と混合され、成形されてチキンナゲットとして販売されています。米国では、 FDAが開発企業からの事前相談を重ね、培養などに関する質問は全て終了したことを明らかにしています。USDAは、販売希望のあった2社の製品について審査を行い、2023年6月22日に両社の販売を承認しています。シンガポールよりも米国の方が、安全性確保に関する情報を詳しく公開しています。
細胞培養食品には、表6のような課題の解決が必要であると考えられます。マグロなどの魚介類の細胞培養も行われています。培養細胞を用いた牛乳の生産も研究されています。細胞培養物は無菌での取り扱いが可能であるため生食用として販売される日が来る可能性もあります。販売された後の取扱い次第で、食中毒リスクは変化することにも国民に伝える必要があります。
8)その他のフードチェーン関連技術
農業や水産業では、高齢化や人手不足を補うため、Aiを導入した技術などが進展しています。ドローンの導入や、自動運転が可能な農機具や遠隔操作で農作業をする農機具の開発も盛んです。植物工場では、環境条件や生育に関わる光や温度、湿度、二酸化炭素、水分、養分などのモニタリングが行われ、通年栽培が行われている。
漁業でもGPSや魚群探知機などの利用、海中や陸上養殖も行われています。ウナギを始めとして、全世代を管理する養殖にも、取り組まれています。
参考文献
1) US FDA: Cultured chicken cell material, Gallus gallus, GOOD Meat, Inc.
https://www.cfsanappsexternal.fda.gov/scripts/fdcc/?set=AnimalCellCultureFoods&id=001
2) US FDA: Cultured chicken cell material, Gallus gallus, UPSIDE Foods
https://www.cfsanappsexternal.fda.gov/scripts/fdcc/?set=AnimalCellCultureFoods&id=002