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第117話 食中毒菌は一所(生)懸命-低アルコールビールでも

2023.12.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

http://researchmap.jp/isshiki-kenji/

 食中毒菌は、従来のビール (アルコール濃度4~10%v/v) 中で生存することは困難でした。
その理由は、アルコールとホップ(図1)の協力作用、さらに炭酸ガスによる溶存酸素濃度の低下、pHの低下などによるものと考えられています。
 現在では、4%未満の低アルコール(ライト)ビールやノンアルコールのビール飲料も開発されています。消費量も増加しています。わが国では、酒税法により1%未満であれば酒類ではなく、飲料となります。ノンアルコールに関する規定はないようですが、各メーカーは0.01%未満の飲料であることを申し合わせています。
 米国で低アルコールビールへの食中毒菌の混入実験が行われました。興味深い食中毒菌の挙動が報告されています。

1) 従来からのビールと食中毒菌について

 これまでのビールが食中毒菌の増殖を阻害する要因として、以下の要因が指摘されています。
①アルコール、②ホップの苦味 (イソアルファ酸)、③pH (約 3.9 ~ 4.4)、④高溶存二酸化炭素 (2 ~ 2.5 ppm)、⑤低溶存酸素 (<0.1 ppm)、⑥栄養物質不足、⑦製造工程での加熱処理、ろ過、⑧低温保存など。
アルコール濃度が低いビールは、食中毒が増殖したり、腐敗したりするのではないかと心配されています。

2) 低アルコールやノンアルコールビールと食中毒菌

 社会的にも責任ある飲酒が求められています。従来から宗教上の理由、健康志向などの理由から低アルコールやノンアルコールビールに対する需要がありました。飲料メーカーは、低アルコールまたはノンアルコールのビールを製造し、改良を加えています。


 米国のコーネル大学で低アルコールやノンアルコールビールの食中毒菌汚染実験が行われました。その結果は以下のとおりです。実験に使われた食中毒菌は、①~③の3種類でした。
①0157(由来の異なる5株の腸管出血性大腸菌O157:H7を使用)、
②Sal(由来の異なる5株のサルモネラ属菌を使用)、
③Lm(由来の異なる5株のリステリア モノサイトゲネスを使用)。 
 低アルコールまたはノンアルコールビールを、①~③で汚染させて、増殖を観察しています。アルコール濃度、pH、保存温度の影響が調べられています。
 米国では、アルコール濃度0.5%以下であればノンアルコールビールです。図2~4は、ノンアルコールビールの実験で、図5~7は低アルコール(3.2%)のビールを用いて実験が行われています。


 図2のように、pHを4.2に調整して食中毒菌を添加すると、保存温度4℃では、①~③の食中毒菌ともに菌数が減少しました。③Lmの菌数は、急速に減少しました。保存温度14℃では、①O157と②Salの菌数は増加しました。③Lmは、4℃の実験よりもさらに早く菌数が減少しました。

 図3は、ノンアルコールビールのpHを4.5に調整した場合の実験結果です。4℃での保存実験では、①~③ともに菌数の減少が起こりました。③Lmの減少は、図1のpH4.2の場合よりも緩やかでした。14℃での保存では、①O157と②Salの菌数は増加しました。③Lmは、4℃の実験と同様の菌数の減少が起こりました。

 図4は、ノンアルコールビールのpHを4.8に調整した実験結果です。4℃での保存実験では、①~③ともに菌数の減少が起こりました。①~③の減少は、図1(pH4.2)および図2(pH4.5)の場合よりも緩やかでした。14℃での保存では、①O157と②Salの菌数は増加しました。③Lmは、4℃保存とは異なり、急激な菌数の減少が起こりました。

 図5~7は、アルコール濃度3.2%の低アルコールビールを用いた実験の結果です。pHを4.2に調整して食中毒菌を添加すると、保存温度4℃では、①~③の食中毒菌ともに菌数が減少しました。③Lmの菌数は、急速に減少しました。保存温度14℃では、①O157と②Salの菌数は増加しました。③Lmは、4℃の実験よりも早く菌数は減少しました。

 図6は、低アルコールビールのpHを4.5に調整した場合の実験結果です。4℃での保存実験では、①~③ともに菌数の減少が起こりました。③Lmの減少は、図4のpH4.2の場合よりも緩やかでした。14℃での保存では、①O157と②Salの菌数は増加しました。③Lmは、4℃の実験と同様の菌数の減少が起こりました。

 図7は、低アルコールビールのpHを4.8に調整した場合の実験結果です。4℃での保存実験では、①~③ともに菌数の減少が起こりました。①~③の減少は、図4(pH4.2)および図5(pH4.5)の場合よりも緩やかでした。14℃での保存では、①O157と②Salの菌数は増加しました。③Lmは、4℃保存とは異なり、急激な菌数の減少が起こっているようでした。
①O157と②Salは、ノンアルコールおよび低アルコールビールで4 ℃ でも14 ℃ でも生存していました。
③Lmは、ノンアルコールおよび低アルコールビールでは、死んで行くようです。14℃よりも4℃、pH4.2よりも4.8の方が生残しやすいようです。
 従来のビールでは死んで行くとされていた食中毒菌は、ノンアルコールおよび低アルコールビールでは、増殖することもあれば、一所(生)懸命に生き残ることもあるようです。

3)ハザード(危害要因)分析について

 現在の食品の安全性確保の考え方は、表1に示されるハザード物質を食生活でのリスクにならないように管理するものです。FAO/WHOの専門家会合では、(生物的、化学的、物理的)物質としてのハザードに加えて、不衛生や加熱不足などの状態もハザードとして捉え、対策の必要性を検討すべき対象としました。

 Codexの「食品衛生の一般原則」の2020年9月の改訂では、HACCPによる衛生管理を第2章に組み込む一方で、状態的ハザードを省略しています。
ノンアルコールおよび低アルコールビールでは、食中毒菌は、増殖し、生き残ります。2007年には、塩分を控えたイカの塩辛による大規模な腸炎ビブリオ食中毒が発生しました。患者数は、595人にも達しています。
 このように、食品の状態が変われば、食中毒菌の挙動も変わります。食品やハザードの状態に常に注意を払い、食中毒の発生を未然に防止する必要があります。表2などの変化が起こる時には、HA危害要因分析の再検討を必ず行いましょう。

参考文献

1) M. Cobo et al: Survival of Foodborne Pathogens in Low and Nonalcoholic Craft Beer, J.Food Protection, 86, 2023,
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0362028X23068679


2)酒類に関する連絡協議会: 酒類の広告・宣伝および酒類の表示に関する自主基準、2018年7月1日改正
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12205250-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kokoronokenkoushienshitsu/s_1_18.pdf


3)厚生労働省:低塩分塩辛の取り扱いについて、2007年12月10日
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb3628&dataType=1&pageNo=1