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第125話 食品の安全性確保と予防行動

2024.08.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

http://researchmap.jp/isshiki-kenji/

 図1は食品を安全に消費するための行動を、調査・研究している欧州の専門家グループの提案を図示したものです。現在、国際的に最も広く利用されている食品を安全に消費するための行動指針は、世界保健機関 (WHO) の「食品をより安全にするための 5つの鍵」(図2)です。

 食品の調達や供給をめぐる情勢は、変化し続けています。食品の消費現場にも変化が見られ、食品の安全性確保も情報の提供などの適切な対応が必要です。人間は全員、従属栄養生物であり、食品の消費者です。食品調達のフードチェーンは、地球全体です。食品の安全性確保の行動指針について考察してみましょう。

1)食品安全への理解と行動を求める提案

 1990 年代となっても、サルモネラ属菌などによる食中毒やコレラなどの経口感染症の国際的な流行は繰り返されていました。さらにBSE(牛海綿状脳症)などの問題にも対応を求められていました。WHO は1990年に、図3の「食品取扱いの 10 のゴールデンルール」を公開し世界各国に食品の衛生的な取り扱いの必要性を訴えました。

 途上国などから、生活に余裕がなく、教育水準も高くない人達に浸透させるには、内容が複雑で多過ぎるなどの意見が寄せられていました。見直しに10 年ほど要した後、WHO は、その簡略版である「5つの鍵」(図2)を発表しました。

対象者は、世界中の食品取扱者と、子供を含む消費者の両方でした。この 「5つの鍵」はシンプルであり、普及用のマニュアルも発表され、リスクコミュニケーションで、何をすべきかなども示されました。 

その後、EUでは食品安全の予防的リスクコミュニケーションの現状について研究・開発を行うSafeConsume プロジェクトが開始されました。食品安全を改善するために、「5つの鍵」を現状に合うようにupdateしようとしています。この研究チームにより提案されたアプローチは、図1のように「8つの安全な消費」として提示されています。

WHOの食品安全行動の呼びかけは10項目(図3)から始まり、5項目(図2)に簡素化されました。EUの専門家は、8項目(図1)への修正を提案しています。形式よりも中身が大事だと思われます。実効性に富んだ食品安全行動の呼びかけになって欲しいものです。

2)わが国の変化と対応

 わが国でも2000年1月に、新型コロナウイルス感染症の患者が確認されました。次第に感染が拡大し、食生活も影響を受けるようになりました。自宅で過ごす人が増え、外食が減り、自宅での食事が増加しました。中食と呼ばれる惣菜や弁当の類を購入し、そのまま食べたり、手を加えて食べたりすることも増えました。また、食事等の出前・配達を引き受ける業者も増加しました。

 各種の調理済み食品が消費者のニーズに応じて、開発され販売されています。表1は、米国のFresh Prepared Foods(FPF、調整済みフレッシュ食品)と呼ばれている食品群を示しています。ショッピングモールやスーパーマーケットなどで、持ち帰り食品や店内調理食品が販売され、消費者の購買意欲を増加させています。FPFには、すぐに食べられる(RTE、Ready To Eat)食品、調理済みの料理(例:事前にマリネ、味付け済み)、あるいは簡単な調理で食べられる食品などが含まれます。EUでも、FPFはコロナのパンデミック以前より成長し、消費者に受け入れられています。

わが国では、以前から「デパ地下」と呼ばれていた百貨店の地下食料品売り場で、各種持帰り用食品が売られていました。コロナパンデミック中には、FPFが増加し、スーパーやコンビニでもFPFの販売が増えました。持ち帰り食品や中食と呼ばれて、その後も利用は堅調に推移しています。

一方で、2023年9月には、弁当による大型食中毒が発生しました(第116話)。基本的な衛生管理を欠いたまま、全国的な流通・販売が行われ、多くの食中毒患者を発生させました。詳細は不明ですが、食品を取り扱い、利益を得る前提としての衛生管理の責任を果たすべきでした。

FPFの食品としての安全性確保対策の向上にも努力が続けられています。わが国では、物流などの「2024年問題」が起こり、FPFの販売店や家庭等への頻繁で適切な配送も難しくなってきました。特に、低温流通が必要なFPFの品質管理が、かなり難しくなっていると思われます。異常気象や電力不足などのマイナス要因の増悪が心配されています。

表2は、食品の物流の回数や消費エネルギーを減らすためにFPFの賞味期限を延長させる技術を示しています。実際には、水分を調整して、容器包装に詰めて、加熱後冷却するなど、複数の技術が使われる場合が多いようです。

 図4には、食品の微生物制御技術の原理を分類して示しています。ハードルテクノロジーと呼ばれ、個別技術を複合的に組み合わせて活用され、品質を保ちつつ、安全性が確保されています。

 重要な微生物制御ハードルの一つとして、低温管理があります。わが国でも、低温増殖性のリステリア食中毒菌が増殖できる食肉製品やソフトチーズは、6℃以下の低温での管理が望ましいとされています。

わが国では、一般的な低温管理は10℃以下で行われています。国際的にも、図3のように1990年頃までには、10℃以下とされていましたが、2001年の図2では5℃以下での低温管理が必要とされています。2023年の提案(図1)でも、同様です。

世界各地でリステリア食中毒は発生しています。わが国でもリステリア食中毒は、発生しても不思議ではありません。特に、妊婦や病気をお持ちの方、高齢者などハイリスクな方々の食事には注意を払う必要があります。冷蔵庫の過信は、禁物です。

FPFでも他の食品でも、工場内の衛生管理だけでは、食中毒などを防ぐことはできません。「農場から食卓まで」の衛生管理が必要です。フードチェーン・アプローチとも呼ばれています。

今回紹介しました、安全な食品消費の行動を、消費者である国民全員が理解して、日々の食生活を楽しんでいただきたいと願っています。

参考文献:

1) WHO: Five keys to safer food manual, 15 May 2006,

https://www.who.int/publications/i/item/9789241594639

2) WHO: Golden Rules for Safe Food Preparation,

https://www.paho.org/en/health-emergencies/who-golden-rules-safe-food-preparation

3) S.Langsrud, et al.:  A trans disciplinary and multi actor approach to develop high impact food safety messages to consumers: Time for a revision of the WHO – Five keys to safer food?, Trends in Food Science & Technology 133, 87–98(2023)

4) C. Morgan, et al.: Evolving Food Safety Practices in Response to Growth in Fresh Prepared Foods, Food Safety Magazine, June 19, 2024,

https://www.food-safety.com/articles/9551-evolving-food-safety-practices-in-response-to-growth-in-fresh-prepared-foods