第126話 キュウリによる食中毒
2024.09.01
キュウリ(胡瓜、Cucumis sativus L.)の故郷は、ヒマラヤの山麓だそうです。わが国には、平安時代に伝わり、現在も沢山食べられています。生食されることが多いため、食中毒の原因食品となることもありました。米国では、2024年6月にキュウリが媒介した2種のサルモネラ属菌食中毒が表面化し、7月にはリステリア・モノサイトゲネス(Lm)によるリコール事件も起きています。
キュウリによる食中毒について考察してみましょう。
1)米国の状況
疾病対策センター(CDC)による6月の最初の発表では、3月11日から5月16日の間に、25の州とワシントンDCで、キュウリに関連したサルモネラ属菌食中毒が報告されていました。患者数は162人であり、少なくとも54人が入院したとのことでした。
食品医薬品庁(FDA)の指示により、対象のキュウリはリコールされました。7月2日までに、死亡者は報告されていないものの、感染者は449人(図2)に増えました。8月22日付のFDAの最終報告では、感染者数は551人となっています。
当初、原因菌はSalmonella Africana とされていましたが、S. Braenderupも原因菌として確定され、2種類の原因菌が確認されました。
FDAは、原因となったサルモネラ属菌の調査を行い、出荷した農園の農業用水からも検出したと報告しています。遺伝子学的解析WGS解析から、農業用水で見つかったサルモネラ属菌が、患者由来のS. Braenderupと同じ菌株であると判断されています。農場から収集された追土壌および水からは、他の菌株のサルモネラ属菌も検出されています。CDC と FDA は、これらの菌株と今回の食中毒との関係を調べています。
サルモネラ属菌は、図3のように環境に広く分布しています。乾燥にも強く、芽胞は作りませんが、強い生命力を持つ菌です。フードチェーン全体でサルモネラ属菌への対策を、怠らないようにしましょう。FDAは「当該のキュウリの栽培は終了しており、この農場のキュウリは市場に出回っておらず、一般の人々へのリスクはないと思われる」と報告しています。
しかしながら、FDAは7月16日に別のキュウリのリコールを発表し、該当するキュウリを食べないように広報しています。原因は、図1のように、キュウリから検出されたLmによる潜在的な食中毒リスクです。
Lmは、ミシガン州農業局による定期検査で発見されました。中西部3州で販売していたオハイオ州の会社のキュウリが、リコールされています。当該キュウリは、6月5日に包装された丸ごとのキュウリと、6月5日と6月6日に包装された袋詰めサラダ用キュウリの両方で、ウォルマートで流通され、販売されていました。
Lmを摂取すると、「妊婦と胎児、高齢者、免疫系が弱くなっている人々」が発症しやすいリステリア症を引き起こす可能性も高くなります。図4のように、Lmも環境に広く分布しています。サルモネラ属菌と同様に、フードチェーン全体でLmへの対策を、怠らないようにしましょう。
2)わが国の状況
キュウリは生食される場合が多く、様々な病原体を媒介し、食中毒の原因食品となっています。海産の魚介類を調理した包丁やまな板を用いてキュウリを刻み、腸炎ビブリオ食中毒を引き起こした例も知られています。
ここ数年間は、キュウリなどの青果物による大きな食中毒は報告されていませんが、潜在的な発生の可能性は残されたままです。
キュウリが関係した大型の食中毒としては、表1の花火大会の露店で販売された冷やしキュウリと、表2の老人施設でのキュウリのゆかり和えによる食中毒が有名です。
表1の冷やしキュウリの食中毒事件では、病因物質はベロ毒素産生性の腸管出血性大腸菌O157でした。510人にも達する多数の発症者を出してしまいましたが、死亡者は出ませんでした。食品衛生法を無視した露店での営業が行われ、基本的な衛生管理すらできていませんでした。
表2のキュウリのゆかり和え食中毒事件も、病因物質はベロ毒素産生性の腸管出血性大腸菌O157でした。2つの老人福祉施設で合わせて84人にも達する多数の発症者を出し、6名もの死者も出してしまいました。
生食される食品は、フードチェーン全体で安全性確保に取り組む必要があります。サルモネラ属菌、Lm、腸管出血性大腸菌などの病原菌にも、ノロや肝炎ウイルスなどのウイルスにも注意する必要があります。わが国では問題になっていませんが、諸外国ではクリプトスポリジュムやサイクロスポーラなどの原虫(寄生虫)による健康被害を発生させています。
3)青果物の安全性確保について
農林水産省は、1日に350g以上の野菜・果物を食べることを奨励しています。健康志向の人々は、より多くの青果物を食べるようになっています。未加熱で食べられる多くの野菜・果物もあります。工場やスーパーマーケットでカットされて包装されているカット野菜や果物も、未加熱で食べられています。
製造工程には、キルステップKill-stepと呼ばれる効果的に病原体を殺菌できる工程はありません。従業員に、より慎重な生食される野菜・果物への注意を促すために、殺菌剤による殺菌工程を自主的にCCP(重要管理点)としているカット工場もあります。
表3は、ブランチングと呼ばれている熱湯を用いて野菜を短時間処理する手法の効果を確認した実験結果です(第57話)。キュウリを100℃で5秒の処理した方が、次亜塩素酸ナトリウム(Na)処理よりも効果的に殺菌されました。レタスも、キャベツも同様でした。
非加熱での生食は、加熱食よりも食中毒が発生する可能性は高くなります。生食のみの青果物の消費にこだわらずに、短時間加熱などの熱処理を組み合わせたリスク管理を取り入れてはいかがでしょうか。
キュウリを含むウリ類は、苦味を呈するクルルビタシンによる食中毒を起こすこともあります。ニガウリの苦味は、モモルデシンという別の物質が原因です。古来よりキュウリは、苦みの少ない品種に改良され、苦味が少ない若い実が食べられてきました。苦味はこれらの苦味成分の食べ過ぎへの警告になりますが、サルモネラ属菌などは色味香りなどを変化させずに食中毒を起こします。
農場から食卓まで、基本的な衛生管理を徹底させて、食中毒のリスクを最少化させましょう。
参考文献:
1) CDC: Salmonella Outbreak Linked to Cucumbers, July 2, 2024
2) FDA: Wiers Farm, Inc Expands Voluntary Recall on Whole and Salad Cucumbers Due to Possible Contamination with Listeria, July 22, 2024
3) FDA: Outbreak Investigation of Salmonella: Cucumbers, August 22, 2024,
4) 川本伸一編:生食のはなし-リスクを知って、おいしく食べるー、朝倉書店、2023年 ISBN 978-4-254-43130-8