第130話 おせち料理も気をつけて
2025.01.01
新年、明けましておめでとうございます。
おせち(御節)料理を楽しんでおられる方も多いことと、お慶び申し上げます。「おせち」は、せちえ(節会、祝日)やせっく(節句、季節の節目となる日)のために作られてきた料理です。図1のように、「おせち」を重箱に詰めて、ハレの日を迎えるご家庭も多いことと思われます。
和食は、ユネスコ無形文化遺産に登録されています。「正月などの年中行事との密接な関わりを持っている」ことも、登録理由の1つです。わが国の食文化は、年中行事と密接に関わって育まれてきました。現在では、そのまま食べられ(RTE, Ready To Eat)の「おせち」を購入される方も多くなっています。RTE食品の食品安全上の深刻な懸念は、リステリア・モノサイトゲネス(Lm)による食中毒です。
1)Lmによる食中毒やリコールの問題
表1のように死亡例を含む食中毒や、Lm汚染に関係する食品のリコール(製品回収)の事例が発生しています。多くは北米やEUからの報告ですが、2018年には南アフリカで216名もの死者を出したLm食中毒が起きています。中国のLm食中毒の実態は良く分かりませんが、RTE食品には厳しいLmの規格基準が導入されています。わが国を含むその他の国々でも、対岸の火事とみなしてLmを軽んじてはいけないと思われます。
図2のように、米国でデリミートと呼ばれるRTE食肉製品によるLm食中毒が、昨年(2024年)発生しました。9月には、10人目の死亡者が報告されています。原因食品は、Boar’s Head社がバージニア州の工場で製造したレバーソーセージです。患者は、5月29日から8月16日まで59人発生しました。全員、入院し治療を受けましたが、10人が死に至っています。その後、2名の患者も発見され、61名の患者数に増えています(表1)。
Boar’s Head社は7月25日になって自主回収を開始しています。国民への食中毒発生の報告と関連製品の回収が遅過ぎたこと、さらには監督官庁である農務省食品安全検査局USDA-FSISの対応の遅れをマスコミが批判しています。図3のようにニーヨークタイムスは、FSISが当該食品加工工場の衛生管理に問題があることを2年も前から気付いていたと報告しています。
現在、このリステリア食中毒については、連邦捜査局FBIによる調査が行われ、国会議員団による調査も進められています。米国の食品安全を監督する政府機関の見直しや、合衆国と50州との任務分担の見直しが必要という意見も出ているようです。
米国では、10月にはユシャン食品社の調理済み肉・鶏肉製品に起因するLm食中毒が探知され、19人の患者が確認されています。カリフォルニア州で2人、テネシー州で1人の乳児が死亡したと報告されて、Lmへの対策が問題になっています。
欧州EUでもリステリア食中毒は、増えているようです。欧州食品安全機関(EFSA)と欧州疾病予防管理センター(ECDC)は、リステリア症の発生状況について、「2019年から2023年にかけて2,952件に増加し、にEUレベルでの監視が始まった2007年以後の最高レベルとなっている」と、報告しています。
「その原因食品は、冷燻製サーモン、肉、乳製品などのRTE食品でした。RTE食品の調査により、EUの規制を超えるLm汚染の割合は0.11~0.78パーセントの範囲であり、発酵ソーセージは規制を最も頻繁に超えていた」と報告されています。
図4のように、12月13日付けのFood Safety Newsは、Lm食中毒の原因食品としての魚類、特に燻製や塩漬けにも注意が必要と報告しています。近年、おせちにもスモークサーモンやイクラ・明太子などのRTE水産物も、加えられることが多くなりました。英国などでは、水産物が原因となったLm食中毒による死亡例も報告されています。わが国でも、要注意です。
2)わが国のLm食中毒
わが国でも、リステリア症を発症している人はいます。国立感染症研究所は、100万人当たり約1,4人が発症していると推定しています。Lmは、図4のように広く環境に分布しており、わが国の食品からも検出されることがあります。
わが国の食中毒統計は、医師の届出に基づく受け身的調査を集計しています。これまでに、厚生省が北海道のチーズによる食中毒の原因菌をLmであると認めた例が知られています。福岡市での食中毒では、オードブルとしての食肉製品からLmが検出されたとの報告があります。
わが国でLm食中毒の報告が少ない理由として、発症までの潜伏期が数週間と長いケースもあり、医師がLm食中毒と診断することが困難であることが考えられます。患者からLmが検出されたとしても、潜伏時間が長いことなどから、感染原因や原因食品の特定も困難になっていることが推定されます。先進国では、Lmの調査は積極的に行われ、検査も遺伝子を利用した感度や精度の高い手法も利用して行われています。わが国のLm対策では、後手を踏んでしまうのではないかと心配されます。
わが国のお正月は、年神様を迎えるための儀式としても受け継がれてきました。おせちは、「年神様」をおもてなしするための料理です。わが国では、古来より神様と一緒に食事を楽しむという習慣があり、一緒におめでたいおせちを食べてきました。やがて、お正月ぐらい食事担当もゆっくりと過ごして欲しいと願うようになりました。日持ちのする料理を準備しておき、おせちとして食べることが習慣として定着したと考えられます。
Lmはフードチェーンのどこにでもいて、おせちにも侵入し、取り付くができます。我々の免疫細胞に入り込み、免疫細胞の攻撃を巧妙にすり抜けて、全身に移動することもある病原菌です。健康被害リスクを最小化するには、フードチェーンを、農場から食卓まで、清潔に保つことが必要です。国民全員の理解と協力が必要です。
3)これからの食品産業
表2に、今後のわが国の食品産業の懸念事項を書き並べてみました。安全で良質な食品を出荷するためには、より一層の合理的な努力が必要だと考えられます。リステリア対策を始めとして、多くの食品安全に関する問題に対する準備を、しなければならないと思われます。
表2のように、将来の食品産業の見通しは良くないようです。食品産業で働く人の知恵と努力を十分に発揮できるように、国民の理解とフードチェーンへの貢献が進むことを願っています。
参考文献:
1)佐藤洋一郎: 和食の文化史、平凡社(2023)
2)K.Mohapatra,et al.: Recurring food source‐based Listeria outbreaks in the United States: An unsolved puzzle of concern?, Health Sci. Rep., 2024;7:e1863,https://doi.org/10.1002/hsr2.1863
3)J.Whitworth:EU pathogen rise shows more people getting sick, December 11, 2024
https://www.foodsafetynews.com/2024/12/eu-pathogen-rise-shows-more-people-getting-sick/
4)五十君ら:食品を介したリステリア症に関する現状と考察, 病原微生物検出情報(IASR), 29, 222-223, 2008
https://idsc.niid.go.jp/iasr/29/342/dj3425.html
5)古賀ら:複数の型が検出された Listeria monocytogenes集団感染事例 – 福岡市、病原微生物検出情報(IASR),43,195-196,2022
https://www.niid.go.jp/niid/ja/l-monocytogenes-m/l-monocytogenes-iasrd/11432-510d05.html