第26話 日本と世界の食性病害状況
2016.05.01
2015年(平成27年)の我が国の食中毒状況が、厚生労働省のホームページ(HP)に公表されました。
概要は表1の通りです。食中毒の病因物質毎の事件数と患者数の割合は、図1のように報告されています。細菌とウイルスによる食中毒の発生状況は表2に示しました。
国際的には、特に発展途上国では、食事に由来する食中毒等の疾病(食性病害、food borne diseases)と水に由来する疾病(water borne diseases)を分別して統計を取ることは困難であると考えられていました。長年、なんとか食性病害の実態を把握できないのかと調査・研究が続けられてきました。昨年の暮れに、世界保健機関WHOから、初めて世界の食性病害の推定結果が発表されました。我が国と、世界の食性病害の発生状況を比較してみましょう。
1)世界の食性病害発生状況
WHOによれば、約10人に1人が食性病学を発症し、その結果として420,000人が死亡しているそうです。5歳未満の小児のリスクが特に高く、食品由来疾患によって毎年125,000人が死亡していると推定されています。全人口の9%を占めるに過ぎない5歳未満の小児が、食性病害による全死亡者の約3分の1(30%)を占めていたそうです。食性妨害が最も著しいのは、WHOのアフリカ地域事務局および東南アジア地域事務局が管轄する地域でした(図2)。
本報告書では、31種類の病因物質(細菌、ウイルス、寄生虫、毒素、化学物質)に関する食性病害が推定されています。WHOは、食性病害の推定はこれまでは困難であったが、本報告書により汚染食品による被害の概要が明らかになったとしています。世界のどの地域でどの食品由来の因子が問題を引き起こしているかを把握することにより、国民、政府および食品業界は有効な対策をとることができると報告しています。
宮城島一明博士は、WHOの食品安全・人獣共通感染症部長を務めており、「今回の推定値は、世界中の100人以上の専門家が10年間にわたって取り組んできた成果である。今回の推定は控えめなもので、入手可能なデータをさらに増やす必要がある。しかし、今回の知見から、世界的な食品由来疾患実被害は甚大なもので、世界中の人々、特に5歳未満の小児および低所得地域の住民が大きな被害を受けていることは明らかである。」と述べています。
世界の食品由来疾患実被害の半分以上を下痢性疾患が占めており、その年間の患者数は5億5千万人で、うち死亡者は230,000人と推定されています。下痢症は、ノロウイルス、カンピロバクター、非チフス性サルモネラ、病原大腸菌などに汚染された食肉、卵、生鮮農産物および乳製品を生または加熱不十分で喫食することで発症する場合が多いと報告されています。その他の主要な病因物質は、腸チフス菌、A型肝炎ウイルス、有鉤条虫(Taenia solium)およびアフラトキシンなどでした。
非チフス性サルモネラ感染症など一部の疾患は、所得に関係なく世界のあらゆる国で懸念すべき公衆衛生上の問題です。腸チフス、食品由来コレラおよび病原性大腸菌感染症などの疾患は低所得国ではるかに多く発生するのに対し、カンピロバクターは高所得国での公衆衛生上重要な病原体となっていました。
2)我が国の食性病害状況
第25話でお話ししましたように我が国の食中毒は、医師からの届け出を基礎にしていますので、届け出がない場合や医師の診察を受けない場合は無視されます。表1に示された食中毒に含まれていない例数を勘案しても、我が国の人口当たりの食性病害は国際的には少ないと思われます。2015年には7名の死亡者を出していますが、いずれも自然毒による食中毒で、いずれも70才以上の高齢者が喫食して死亡に至っています。表1に示されている不明例のコルヒチンは、イスサフランなどに含まれる猛毒の化合物です。食中毒原因物質はコルヒチンと判明したのですが、原因食品が不明でした。
我が国では、生ものから高度に加工された食品まで、多種多様な食品が食べており、食品安全事情は良好であると考えられます。一方、ゼロリスクを求めたり、利益のために嘘をついたりするような事例もありました。科学的考察を忘れ、念のために食べない方が良い物だらけの食生活に陥ってしまうことにならないようにするためにも、フードチェーンの透明性を高めることが必要です。また、食品ロスについても年間で500~800万トン(世界の食料援助量は年間で約400万トン)に達しています。
何事も、過ぎたるは、なお及ばざるが如しですね。
【参考文献】
1) WHO estimates of the global burden of foodborne diseases
Foodborne diseases burden epidemiology reference group (FERG) 2007-2015
http://www.who.int/foodsafety/publications/foodborne_disease/fergreport/en/
2)平成27年(2015年)食中毒発生状況
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/04.html