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第28話 非加熱殺菌牛乳の販売認可―オーストラリア

2016.07.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

http://researchmap.jp/isshiki-kenji/

前回、未殺菌牛乳のリスクについてお話ししました(第27話)。6月になって、オーストラリア政府が高圧殺菌後の牛乳(図1)の販売を認めたというニュースが届きました。牛乳は、細菌などの微生物に汚染されやすく、栄養も豊富なため、そのままではハイリスクです。前回も述べましたが、牛乳の成分を加熱しないまま飲みたいと考える人々が世界中にいます。オーストラリアにもいて、そのニーズに応える努力が続けられていました。

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1)低温殺菌と同等以上の効果を求めて

オーストラリアでは、牛を飼う農家が自分で絞った牛乳を飲むことは可能でしたが、殺菌処理しないまま飲用として販売することは禁じられていました。入浴用に販売された牛乳を与えられた乳幼児が死亡した事件もあり、飲用牛乳は殺菌処理を義務化していました。入浴用牛乳は、苦味剤で飲めなくすることが義務化されています。オーストラリアでも市販の牛乳は63℃で30分加熱する低温殺菌(パスチャライズ、第8話)など加熱による殺菌、あるいは同等以上の効果のある殺菌が必要です。

図2のように水圧を利用して食品に高圧をかけて細菌の細胞を破壊、あるいは不活性化してしまう方法が開発されています。この技術は、京都大学の故・林力丸名誉教授が我が国で開発した技術です。この技術を牛乳に応用し、水圧を使った高圧処理が加熱殺菌と同等の効果があると認められた訳です。今回、オーストラリアで採用された処理方式は図2の右側の横型の水平移動方式です。

図1の右側は、処理が終わって加圧装置から送り出された牛乳です。これまでは、果汁等には認められていた技術ですが、牛乳に認められたのは初めてです。今回の認可を得るまでに、2年間の実証試験が必要だったようです。

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2)非加熱食品の有害微生物対策 

腸管出血性大腸菌O157などの病原体は困った存在ですが、彼等も一所懸命に生きています。食品の微生物制御を行う場合は、食品側の問題や食べる人側の問題(表1)を良く整理し検討しなければなりません。牛乳は病原体の増殖に適しており、飲用する人間にも栄養価の高い良い食品です。孫子の言葉「彼を知り、己を知れば百戦危うからず」は、微生物制御にも通じています。食品またはその取り扱いの場という戦場で、どのような消費者を守るために、寄生虫やウイルス、マイコトキシン等の微生物毒素をも含めてどのような病原体を敵として戦うのかを認識する必要があります。

 

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熱を用いない微生物制御手法は、第3話で述べましたように高圧処理の他、多種多様なものがあります。拮抗微生物や溶菌酵素を用いる生物学的手法、次亜塩素酸ナトリウムや電解水、オゾン等を使う化学的手法、さらに今回の高圧利用の物理的な手法もあります。高圧以外の非加熱殺菌手法としては、ガンマー線、電子線、紫外線等を用いる放射線の利用、電場や磁場を利用する高電圧パルス法、振動磁場法、光を用いる閃光パルス法、音波を用いる超音波法などもあります。

ガンマー線照射は細菌胞子やウイルス以外の病原体を効果的に殺菌できますが、我が国では殺菌法としては未だ認可されていません。法律に抵触しないよう注意する必要があります。米国等では認可されており、宇宙飛行士等に食中毒を起こさせさないための放射線照射も行われています。

微生物は種類が多く、食品の種類も多いこと、さらには食べる人の感受性も様々であることから、複数の微生物制御手法が組み合わされて適用されています。食品の色・味・香りやテクスチャーを含む有用性を好ましいものにするために、食品の温度、pH、水分活性、酸化還元電位等を調整して総合的に微生物制御を行う手法はハードルテクノロジーと呼ばれています。温度やpH等の要素を個別のハードルと見なし、複数のハードルにより食品の品質を損なわずに微生物制御の目的を達成しようとするものです。食品と外界との縁を切る、あるいは水蒸気や酸素濃度の調整を行う包装技術の発展によりハードルテクノロジーは発展を続けています。

非加熱殺菌技術も使い方を誤れば効果はありません。再汚染防止や品質保持に、包装技術やハードルテクノロジーを活用することも必要です。同様に、せっかくの安全で良質な食品も、食べる人々がいいかげんであれば、いいかげんな食品になってしまいます。国民全員に食に対する理解を求め、大切な次の世代の食教育を実施することも必要ですね。

 

参考文献:

1) Esther Han: ‘Cold-pressed raw milk’ method wins regulatory approval, Sydney Morning Herald(2016年6月1日)

2) News Desk: Made By Cow’s version of raw milk available Down Under, Food Safety News(2016年6月7日)

Made By Cow’s version of raw milk available Down Under

3)山本和貴:食品高圧加工の動向―関連科学技術の進展―、食品と容器、56、540-549(2015)