home食品衛生コラム食品と微生物とビタミン愛第33話 腸管出血性大腸菌食中毒

第33話 腸管出血性大腸菌食中毒

2016.12.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

http://researchmap.jp/isshiki-kenji/

O157を代表とする腸管出血性大腸菌による食中毒は、1982年に米国で発生したハンバーガー食中毒の原因菌として有名になりました。それまでは、大腸菌が赤痢菌の毒素を産生するとは考えられていませんでした。赤痢菌の毒素産生遺伝子を受け取った大腸菌の一部が、志賀トキシン(ST)あるいはベロ毒素と呼ばれる毒素を産生するようになったと考えられています。これらの毒素を産生する大腸菌をSTECと総称しています。STECはヒトに摂取され、腸管で増殖すると毒素を産生します。毒性は強く表1のように、多くの犠牲者を伴う重大な食中毒を引き起こしています。

 

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1)食中毒と感染症

本年9月には、老人施設でキューリの和え物を原因食品とするO157食中毒が発生し、5名の死者が報告されています。10月には、冷凍メンチカツを原因食品とするO157食中毒が発生して、50名を超す患者の発生が報告されています。我が国では、食中毒の可能性のある患者を診察した医師は食品衛生法に基づいて、保健所に報告することが義務付けられています。厚生労働省が集計した昨年2015年の腸管出血性大腸菌による食中毒は、17件、患者数156名、死者はいませんでした。

我が国の食中毒の調査は受動的であり、診察した医師からの報告に基づく調査方法です。米国では病院に行かない食中毒患者も聞き取り調査等により推計し、全体像を補足しようとする能動的な疫学調査が行われています。能動的な疫学調査と医師からの積極的な報告が行われたならば、我が国の腸管出血性大腸菌食中毒の実態は現在よりも、相当数多くなると推測されます。

感染症法に基づく病院からの国立感染症研究所への報告によれば、毎年、我が国でも3000~4000人の腸管出血性大腸菌感染症の患者の治療が行われています。我が国は、健康保険制度が普及していることと、米国のような食中毒の能動的な調査が組わされると、腸管出血性大腸菌食中毒の患者数と病院からの治療を受けた患者数の報告に差がなくなると思われます。

 

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2)少量菌感染対策は全員参加で

 表2と3に腸管出血性大腸菌とその食中毒の特徴を示しました。100個以下の少数で感染が起こり、発症する場合があります。とくに、年少者、年長者、妊婦、免疫不全の方は発症し易いので注意が必要です。我々の大腸には大腸菌が生活しています。腸管出血性大腸菌も大腸菌の一種ですので腸にたどり着ければ、増殖が可能になります。

腸管出血性大腸菌を持っていても症状が現れない方もいます。健康保菌者と呼ばれています。健康保菌者は、食品を取り扱うべきではありません。検便等の健康診断により、腸管出血性大腸菌等の病原菌を持っていないことを確認する必要があります。

 

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 農林水産省の調査では、肉牛の直腸便からO157が検出された場合も多く(8.9%という報告もあります)、乳牛では肉牛よりも検出頻度は少ないものの、検出された場合もあります。牛などの動物(人間を含む)から排泄された腸管出血性大腸菌は、図1のように我々のフードチェーンに侵入し、食品を汚染します。食品の原材料の生産から消費まで、全員で腸管出血性大腸菌に気を付ける必要があります。案外,「我々のすぐ近くに腸管出血性大腸菌はいる」と思って食生活を送った方が良いようです。対策を考える時には,「もし自分が腸管出血性大腸菌だったら,どのようにして生き延びるのだろうか」と考えることも必要です。

 

参考文献:

1)厚生労働省:腸管出血性大腸菌による食中毒

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/daichoukin.html

2)農林水産省:牛肉の腸管出血性大腸菌汚染低減に向けた取組、2013年6月28日

http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/risk_manage/seminar/pdf/siryou2-3_cattle-stec.pdf#search=’%E7%89%9B%E8%82%89%E3%81%AE%E8%85%B8%E7%AE%A1%E5%87%BA%E8%A1%80%E6%80%A7%E5%A4%A7%E8%85%B8%E8%8F%8C’

3) 山崎伸二:密接にかかわる腸管出血性大腸菌の病原性と生存戦略―ドイツの腸管出血性大腸菌O104食中毒から見えてきたこと, 日本食品微生物学会雑誌, 31, 139‒143(2014)