第59話 志賀毒素産生性大腸菌(STEC)をご存知ですか
2019.02.01
赤痢菌の毒素(Shiga toxin)を赤痢菌の毒素(Shiga toxin)を発見したのは、我が国の志賀潔博士(図1)です。志賀毒素産生性大腸菌(STEC, Shiga toxin-producing E.coli)は、その赤痢菌の毒素(Shiga toxin)を産生する能力を持つ大腸菌のことです。
STECは世界各地で、死者を伴う深刻な食中毒を起こしています。北米では2017年から,レタス等の生食野菜を原因食品とするの腸管出血性大腸菌O157:H7食中毒が発生し,2018年にも同様の食中毒が起こり,不安が募っています。O157もSTECです。EUでも,アイルランドなどでSTECによる食中毒が起こっています。我が国でも,2016年にはキュウリの和え物、2017年にはポテトサラダが原因食品として疑われたO157食中毒が発生し,死者も報告されています。2018年にはサンチュが原因食品とされた同様の食中毒が発生しています。
国連のSTEC専門家グループはSTECに対して科学的知見を持って取り組むことを願って報告書を,学会誌に発表しました。今回は,STEC対策についてお話します。
1) STEC 志賀毒素産生性大腸菌
1970年代から,腸管からの出血を伴う食中毒に大腸菌が関係している可能性が指摘されるようになりました。アフリカミドリザルの腎臓由来の培養細胞であるベロ細胞に毒性を示す大腸菌が確認されました。1977には,その毒素がタンパク質であることが明らかにされ,ベロ毒素(Verotoxin;VT)と名付けられました。
表1にように1982年米国でハンバーガー食中毒が発生しました。原因菌は腸管出血性大腸菌であり,産生される毒素がベロ細胞の致死活性を示すことが明らかにされました。この毒素は,赤痢菌が産生する志賀毒素(Shiga toxin;Stx)に良く似ていたことから,志賀毒素様毒素(Shiga like-toxin;SLT)と呼ばれるようになりました。やがて,StxとVTと同じであることが判明し,志賀毒素(Stx)ファミリーと呼ばれるようになりました。
大腸菌(E.coli)は、動物の腸管等に普通に見られる細菌です。ほとんどの大腸菌は無害ですが、重大な食中毒を引き起こす大腸菌もあります。STECの主な感染源は、生または調理不十分な肉製品、生乳、糞便で汚染された野菜などです。溶血性尿毒症症候群(HUS)などの生命を脅かす疾患につながることもあります。
表1にありますように、1996年に堺市の学校給食を原因とする大型の腸管出血性大腸菌O157:H7食中毒が発生しました。当時、罹患した小学生が,HUS等の後遺症に苦しみ、懸命の治療もかなわずに19年後に逝去されています。
75℃,1分間程度の加熱によりSTECは,容易に殺菌されます。食べ物を準備するときには、「十分に熱を通す」などの基本的な食品衛生習慣を守ることが必要です。
STECは,多様性に富んだ大腸菌のグループで構成されています。重要な食品媒介病原体としてのSTEC血清型O157:H7の出現以来、血清型別はSTEC株を分類するために使用されてきました。人間に病気を引き起こすSTECの血清型はさまざまです。病原性遺伝子は可動性があり,他の細菌に移動する可能性があります。
同じ血清型を持つSTEC株は、同じようなリスクをもたらす可能性がありますが,血清型情報は事後調査およびサーベイランス研究において有用です。特定のSTEC血清型によってもたらされるヒトの健康リスクを評価するための信頼できる手段ではありません。病原性遺伝子の調査が必要です。これらの遺伝子は,ウイルスにより持ち出されたり,挿入されたりする可能性があることにも注意が必要です。
2) STEC対策
2017年に関東地方で発生したO157食中毒は,当初,ポテトサラダが原因食品として疑われました。その後,ポテトサラダを食べていない女の子が発症し,治療のかいなく逝去されました。原因は不明のままですが,図2のように食中毒として表面化した8月よりも前に,同じ遺伝子型を持つO157の感染者が全国各地の病院で70名も治療を受けていたことが問題となりました。2018年の食品衛生法改正により、広域的な食中毒対策も実施されることになりました。
感染症法に基くSTEC保菌者の報告では毎年2000~4000名の感染者が見つかっています。食
品衛生法に基くSTECの報告は,1/10程度です。図3のように2018年分のSTEC感染者の総数は3844名でした。食中毒としての届け出は,142名(厚生労働省,速報値)でした。我が国の食中毒の調査は受動的であり、診察した医師からの報告に基づく調査方法です。
図3に示されるように、全ての都道府県からSTEC感染者の報告がなされています。STECは我々が考えているよりも,身近な存在であると認識を改めるべきではないかと思われます。
3) 感染毒素型食中毒
食中毒菌は発症機構の違いから表2のように,感染侵入型,感染毒素型,生体外毒素型の3つ
に分類することもできます。感染侵入型と感染毒素型は細菌が口から消化管に入って食中毒を起こすもので「感染型」と総称されます。毒素型は、食品中で細菌が毒素を産生し、その毒素によって食中毒を起こすものです。
STECは、感染毒素型食中毒菌です。100個以下で発症していると推定される毒性の高い菌株もあります。STECは我々の大腸にたどり着き、腸管細胞に付着できれば増殖を開始して、やがて志賀毒素Stxを産生し始めます。
STECの生態を良く理解して、我々の大腸への侵入を許さないように清潔な生活を送る必要があります。第33話や第45話も参考にしてください。
参考文献:
1) 竹田美文:赤痢菌の発見,モダンメディア, 60, 180-183(2014)
2) 厚生労働省:腸管出血性大腸菌による食中毒
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/daichoukin.html
3) FAO/WHO STEC EXPERT GROUP: Hazard Identification and Characterization: Criteria for Categorizing Shiga Toxin Producing Escherichia coli on a Risk Basis, J. Food Protection, 82, 7-21(2019)
4) 国立感染症研究所:腸管出血性大腸菌感染症 発生動向調査
https://www.niid.go.jp/niid/ja/ehec-doko.htm
5)厚生労働省:食中毒事件一覧 平成30年(2018年)食中毒発生事例(速報)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/04.html