第64話 溶連菌(ようれんきん)食中毒について
2019.07.01
溶連菌(溶血性レンサ球菌Streptococcus pyrogenes、図1)の主な感染経路は、飛沫(ひまつ)感染(保菌者の唾液などの飛散による吸入、図2)ですが、食品が媒介して感染し、発症することもあります。食品を汚染したことによる食中毒だと判明した例もあります。溶連菌感染症は、のど(咽頭)の痛みが主な症状であり、下痢や嘔吐などの消化器症状を伴うことが少ないため、食品が関係したことに気づかない場合も多いようです。
溶連菌食中毒は、食中毒予防3原則「食中毒菌を付けない、増やさない、やっつける」で防ぐことができます。溶連菌は「ヒト食いバクテリア」と呼ばれる、「劇症型溶血性レンサ球菌感染症」という深刻な症状を呈する場合もあります。溶連菌対策について考えてみましょう。
1) 溶連菌(溶血性レンサ球菌)
本菌はグラム陽性の球菌で、様々な疾患を引き起こします。溶連菌を原因とする主な疾患は咽頭炎、扁桃炎、猩紅熱(しょうこうねつ)、丹毒(たんどく)、蜂窩織炎(ほうかしきえん)、さらには糸球体腎炎やリウマチ熱等です。手足の筋膜・筋肉等の軟部組織に壊死性の炎症を伴う重篤な症状が出る劇症型溶血性レンサ球菌感染症も本菌による疾患です。本菌は健康な人の咽頭、皮膚などにも存在している場合もあります。
溶血性レンサ球菌は、1933年にLancefield博士が始めた細胞壁の多糖体の抗原性に基づく分類(血液型別)で、 A~V群に分類されています。ヒトの病気の原因となるのが、A,B,C,G群です。特にA群レンサ球菌は様々な病気を引き起こすことが知られています。
感染症法では、溶連菌咽頭炎と劇症型溶連菌感染症は、5類感染症に指定されています。咽頭炎は、突然の発熱と全身倦怠、咽頭痛が起こります。潜伏期は2~5日とされていますが、食品媒介の場合はもっと短い期間で発症するようです。
劇症型溶連菌感染症は、免疫不全などの重篤な基礎疾患をほとんど持っていない場合でも、突然発病することがあります。初期症状としては四肢の疼痛(とうつう)、腫脹(しゅちょう)、発熱などで、発病から病状の進行が非常に急激かつ劇的で、発病後数十時間以内には軟部組織壊死(えし)、急性腎不全、呼吸窮迫(きゅうはく)症候群、血管内凝固症候群、多臓器不全を引き起こし、ショック状態となることがあります。
溶連菌感染症は1987年に米国で最初に報告され、ヨーロッパやアジアらも報告されています。日本では1992年に報告され、その後、毎年400~500人の患者が確認されています。致死率の高い感染症です。劇症型溶連菌感染症は、50歳以上の大人の発症が多いようです。
溶連菌食中毒は、これまでに20例ほど報告されています。A群レンサ球菌によるものが多いのですが、G群レンサ球菌によるものが2事例あります。本食中毒の主な発生場所は飲食店であり、原因食品は主に仕出し弁当などの弁当類です。
発生月は5-9月であり、7月が最も多いようです。症状として患者の半数以上で咽頭痛や発熱が認められています。潜伏期間は1-2日で、溶連菌咽頭炎の潜伏期間(2~5日)より短いことが特徴です。食べたその日に発症した例もあります。咽頭炎の集団発生が起きた場合、集団食中毒の可能性も考える必要があります。
2) 食中毒事例と対策
図2のように溶連菌による感染症は、保菌者の唾液や鼻汁などが飛散することによって鼻や口から侵入しますが、食品や飲料水を媒介とする食中毒や皮膚などの創傷部(外傷、火傷等)からの感染もあります。
溶連菌に感染した時の一般的な症状は、急性咽頭扁桃炎です。健康保菌者としての口腔粘膜における,保有率は5~10%と言われています。本菌が付着した飲食物の摂取が原因の食中毒であっても、初期症状は発熱、咽頭痛、頭痛、倦怠感等です。嘔吐や下痢症状を伴う患者が少ないために食中毒と診断されずに見過ごされることが多いと推定されます。日頃から清潔な暮らしを送ることが大切です。 本菌による集団食中毒事例を表1と2に示します。参考にして食中毒を未然に防止してください。
「食中毒菌を付けない、増やさない、やっつける」で溶連菌食中毒も防ぐことができます。特に、調理従事者から食品への二次汚染を防止することが大切です。 事前の手洗いを徹底し、清潔な白衣やマスクを着用して、食品への唾液や鼻汁等の飛沫による汚染を防止しましょう。鼻の穴や口が出ているマスクの着用法は改めるべきです。喉の異常や上気道炎症状のある人は、調理や剥き出しの食品の取扱いは辞退して、医師の診察を受けましょう。
参考文献:
1)池辺忠義:連鎖球菌感染症の疫学、第39回日本食品微生物学会学術総会講演要旨集、p.19(2018)
2)国立感染症研究所感染症情報センター:A群溶血性レンサ球菌咽頭炎とは、 https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/340-group-a-streptococcus-intro.html
3)食品安全検定協会:食品安全検定テキスト中級、p.71(2018)