第99話 肝炎ウイルスと食品安全について
2022.06.01
2022/6/1 update
英国などの国々から、図1の症状を示す「小児の急性肝炎が、増加し死者も出ている」と報告されています。わが国でも、同様の症状を示した小児が遡り調査では24名報告(2022年5月20日現在)されています。原因などの詳しい内容は不明のままです。
肝炎は、肝臓の細胞に炎症が起こり、機能不全が生じて、細胞が破壊されていく病気です。その原因には、ウイルス、アルコール、免疫不全などがあります。わが国では感染したウイルスによって肝臓が炎症を起こすウイルス性肝炎が全体の約8割と考えられています。
肝炎の原因となるウイルスで現在知られているものとして、A・B・C・D・E型の5種類があります。それらの特徴を、表1に示しました。肝炎ウイルスは、加熱されると不活性化されます。加熱された食品でも、加熱が不足していたり、加熱後に不注意な取り扱いがあったりすると、肝炎ウイルスを媒介してしまうことがあります。わが国は生食文化を受け継いでおり、生食は現在でも盛んです。安全に生食を行うにためにも、肝炎ウイルスなどの対策を忘れないことが必要です。
1) わが国の肝炎ウイルスの感染状況
150〜200万人の方が、慢性の肝炎ウイルス感染者(主にB型肝炎、C型肝炎)であると推測されています。そのうちの多くの方が、不顕性感染者として治療を受けずに生活していると推定されています。図2のように黄疸(おうだん)などの症状があっても病院に行かない方もいるようです。治療を受けている人は50万人にすぎないと心配されています。
食品や水が媒介する肝炎ウイルスは、表1のようにA型とE型です。わが国でも衛生状態が良くなかった過去には、生食や生水に由来したA型肝炎ウイルス感染症に苦しむ方が、沢山いました。集団感染も起こることがありました。フードチェーン全体を通じた衛生管理の徹底により、わが国におけるA型ウイルス感染症の発生は抑制されるようになりました。その一方で、不潔な豚肉やジビエと呼ばれる野生動物の摂取に伴うE型感染ウイルス感染症が報告されています。
2) 諸外国でも
先進国でも、肝炎ウイルス感染症の流行が繰り返し発生しています。現在は、図1のように原因不明の子どもの肝炎の流行が心配されています。図2や3のように、米国やEUからはレストランや持ち帰りなどの外食産業が関係したA型肝炎ウイルス感染症が、繰り返して、発生しています。衛生当局は、外食産業などの食品取り扱い関係者にA型肝炎ウイルスのワクチンを接種するように勧告しています。途上国では、調査や報告が行われていない可能性があります。
食品安全分野で問題となる肝炎ウイルスは、A型とE型です。A型は、主に水や食べ物を介して感染します。慢性化することは、ほぼありません。ワクチン接種により予防することができます。E型肝炎ウイルスも、主に水や食べ物(豚・イノシシ・シカなどの加熱不十分の肉)を介して感染します。慢性化することはありませんが、妊婦が感染した場合、重篤な経過となることがあります。A型およびE型肝炎ウイルスは、表2に示したようにエンベロープを持ちませんので、エタノールに抵抗性を示します。エタノール消毒は、A型およびE型肝炎ウイルスの不活性化には使えないことを忘れないようにしてください。
3) サバイバルには低温の方が
A型肝炎ウイルス対策でも研究が進んでいます。食品に付着したウイルスは高温よりも、低温条件の方が不活性化されにくいようです。凍結されると、長期間不活性化されません。ウイルスは加熱により不活性化されますが、低温で管理する食品は注意が必要です。
冷蔵や冷凍された野菜や果物を食べたことによるA型肝炎ウイルスの感染症も、世界各地で発生しています。図4は、輸入された冷凍ラズベリーが原因となったノルウエーでのA型肝炎ウイルスの感染症の例です。20名の方が発症しています。
凍結乾燥処理されると不活性化されるように思われますが、図5のように不活性化されないウイルスも沢山残るようです。図5はイチゴにA型肝炎ウイルスを付着させて凍結乾燥を行った実験の結果です。縦軸はA型肝炎ウイルスの減少率で、対数で示されています。凍結乾燥後の放置温度が高い方が減少率も高くなる傾向があるようですが、最大の減少率でもlog 1.6程度です。1/100には、ならないようです。多くのA型肝炎ウイルスが不活性化されないままイチゴに残ていたそうです。
地球上には、多くのウイルスを含む微生物がいます。人間に病気を起こす病原体となるものもいます。新型コロナウイルスが人類を悩ませています。サル痘の患者さんも発生しています。第77話でお話しましたように、地球温暖化により永久凍土が溶け、炭疽菌を持つトナカイの死体が地表に露出し、近隣の村人が炭疽の集団感染を起こしています。むやみに過大な怖れを持ってゼロリスクを求めるよりも、適切な対策を行って、フードチェーンを汚さないことを心がけましょう。フードチェーンを健全に維持できるように、科学的な根拠を持った生活習慣を大事にしましょう。
参考文献:
1)国立感染症研究所:IASR 速報グラフ-ウイルスその他、https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr/510-surveillance/iasr/graphs/2293-iasrgv4.html
2)食品安全検定協会:A型・E型肝炎ウイルス、食品安全検定テキスト中級、第3版、p.73(2022)
3)Y.Zhang, et al., J. Food Protect., 84, 2084–2091(2021)