第19話 腸炎ビブリオ食中毒の話
2015.10.01
第13話では、厚生労働省から速報値として発表された我が国の2014年の食中毒発生件数をお示ししました。977件のうち441件が細菌性の食中毒でした。患者数は7,213人でした。細菌性食中毒の次に発生件数が多いのは、ウイルス性食中毒です。患者数は10,693人でした。その後、厚生労働省より食中毒件数の確定値が報告されました1)。速報値とは大差はありません。細菌性食中毒の内訳を表1に示しました。
1)1950年までは原因不明の食中毒
今回は、腸炎ビブリオ食中毒についてお話します。この食中毒菌は、シラス干し食中毒の原因菌として1950年に大阪大学の藤野恒三郎教授によって発見された海洋性の好塩細菌です。それまでの魚介類を食べた発生した原因不明の食中毒の多くが腸炎ビブリオによるものだったと考えられています。
近年では魚食の普及に伴い、世界中で本菌による食中毒が増加しています。 世界中で腸炎ビブリオ食中毒は増加していますが、我が国では漁場から食卓までの努力により減少しています。我が国での魚食が減っている訳ではありませんが、表1のように、2014年は6件47名の腸炎ビブリオ食中毒の発生しか報告されていません。1960年代からは腸炎ビブリオ食中毒の発生件数が300~500件、患者数が8,000~15,000名でしたが、2000年頃から減少しています。これは、我が国の腸炎ビブリオ食中毒対策が成功していることを示すものです。
腸炎ビブリオVibrio parahaemolyticusは、海や底質で暮らしています。図1のように、腸炎ビブリオの増殖には食品中の食塩濃度が2-7%必要です。真水や加熱・乾燥に弱いなどの性質があります。腸炎ビブリオは食中毒を起こす腸炎ビブリオと非病原性の腸炎ビブリオがあり、耐熱性溶血毒(thermostable direct hemolysin; TDH)およびTDH類似毒素(TDH related hemolysin; TRH)の両方,またはいずれかを産生する腸炎ビブリオが病原性を有するとされています。通常、非病原性の腸炎ビブリオの海産食品への汚染が多く、病原性腸炎ビブリオ汚染は極めて少量です。発症菌量は、1000~10万個以上と推定されており、病原性腸炎ビブリオを増殖させなければ食中毒は起こらないことから、食品(海産物)中での病原性腸炎ビブリオの増殖阻止対策が必要です。
表2に示す腸炎ビブリオ食中毒低減のための法改正が2001年に施行されました。漁獲後の魚介類は氷などにより低温にし、腸炎ビブリオの増殖を防止すること、魚市場で使用する洗浄用の水は腸炎ビブリオ陰性の水道水や滅菌海水などを利用し、汚染が想定される汽水域の河川水や海水は使用しないこと。生食する魚介類の腸炎ビブリオは1g当リ100個以下、ゆで上げたタコやカニなどは腸炎ビブリオ陰性とする成分規格が制定されました。流通では品温は10℃以下に魚介類を保存し、腸炎ビブリオの増殖防止が図られました。
腸炎ビブリオの食中毒対策の温度管理は8℃以下が望まれますが、我が国の実行可能性から10℃以下とされています。リステリアやエルシニア等の低温増殖性食中毒菌の増殖抑制も考え合せると食品の冷蔵は4℃以下にすべきです。世界保健機関WHOは、食品保存・流通における危険温度帯は5℃~60℃であり、この温度帯には食品を放置しないように勧告しています。
我が国における腸炎ビブリオ食中毒の減少は,魚介類での腸炎ビブリオ汚染が減少したためではありません。リスク管理を科学的根拠に基づいて行うための法的整備と、水産物の生産から消費までのフードチェーンの各段階での改善努力によるものです。海洋調査では、現在も血清型O3 : K6の腸炎ビブリオ食中毒大流行パンデミック株や他の血清型の病原性腸炎ビブリオが検出されています。我が国の水産物からも、これらの病原性腸炎ビブリオ食中毒も検出されています。今後とも、腸炎ビブリオ食中毒対策を継続し、油断しないことが大切ですね。
参考文献:
1)食品安全委員会:食品健康影響評価のためのリスクプロファイル~ 生鮮魚介類における腸炎ビブリオ ~(改訂版、2012)
https://www.fsc.go.jp/sonota/risk_profile/vibrioparahaemolyticus.pdf
2)工藤由紀子:日本における腸炎ビブリオ食中毒の急激な 減少と対策効果の検証、日本食品微生物学会雑誌, 30(4), 177-185(2013)