第7話 細菌の数の調べ方

2014.10.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

http://researchmap.jp/isshiki-kenji/

1.コッホの研究室から

 第6話では、冷蔵庫の中のような低い温度でもリステリアは増殖することをお知らせしました。目に見えないほど小さいリステリアなどの細菌をどのようにして数えるのでしょうか。

1843年生まれのロバート・コッホは、後にパスツールとともに「近代細菌学の開祖」と呼ばれ、多くの業績を残しています。その業績の一つに細菌の研究のために、寒天で固めた培地を開発したことがあります。コッホの研究室では、液体培地の欠点を改良するために種々の努力を続けていました。やがて、東洋の寒天にたどり着いたのでした。

 細菌は寒天で固めた培地で培養すると増えて、集団を作り、次第に目に見えるような大きさの集団になります。この固まりはコロニーと呼ばれています。第1話の写真1は、納豆菌コロニーの表面の様子です。1つのコロニーには、1mm3当たり109個程度の細菌細胞がいると考えられています。第7話の写真1は、標準寒天培地を使って食品中の細菌にコロニーを作らせ、一般生菌数の検査をしている様子です。1つの細菌細胞から1つのコロニーができるとすると、出現したコロニーを数えることで食品の細菌の数が分かります。この方法は,平板培養法による菌数測定とも呼ばれます。

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食品の細菌検査では、平板培養法や試験管の液体培地を用いて1段階3本ないし5本ずつの 3段階希釈接種による MPN法(Most Probable Number法,最確数法)が多用されてきました。これらの方法は操作が煩雑であることや、人数も日数を多く要することが食品取扱い現場で問題となっていました。これらの問題を解決するために、表1のような原理の自動生菌数測定システムが提案されています。食品取扱い施設の自主衛生管理のために採用される例も多くなっています。

我が国の食品衛生法に基づく公的な細菌検査法には、平板培養法やMPN法が採用されています。遺伝子検出法では、DNAを増幅させて目的細菌を検出します。その方法には PCR法(ポリメラーゼ連鎖反応による DNA増幅法)と LAMP法( 60~65℃の定温で反応が進行するDNA増幅法)があります。これらの遺伝子検出法は,腸管出血性大腸菌の検査法として厚生労働省の通知法となっています。遺伝子の検出によって細菌検査を行う場合には,死菌も生菌と区別なく検出してしまいます。他の検査方法の結果と併用して判定する、あるいは遺伝子検査を行う前に培養を行う工程を組み込むことも行われています。 ishiki7-2.jpg

2.コッホの研究室から食品取扱い現場へ

 食品取扱い現場では、細菌対策に真剣に取り組んでいます。消費者に迷惑をかけない努力は絶えず続けられていますが、食品取扱現場の大きな負担にもなっています。研究室と違って食品取扱い現場では、5S(整理・整頓・清潔・清掃・良い習慣)を基礎に食品の安全性確保が続けられています。細菌検査が簡易迅速化されると、良いことが沢山あります。例えば、次のような事項です。

・衛生的な食品取扱いの条件を、少ない労力と費用で、十分な科学的根拠を得て設定できる。従来法では、多大な労働力と費用が必要です。

・食品の原材料、中間製品、最終製品等の衛生状態が、設定された条件から外れているか、否かを早く知ることができる。従来法では、準備から結果を得るまでに数日が必要。

・原料や加工法を変化させた場合の衛生状態の確認が容易になる。

・微生物の専門家がいなくても、簡易なトレーニングを受ければパート従業員でも細菌検査ができるようになる。

 

3.現場向けの細菌検査システム

ダイキン工業(株)と農水省食品総合研究所の共同研究によって、ユニークな細菌検査手法が開発され、実用化されています。細菌の液体培地からの酸素消費量を酸素電極で測定する手法です(図1)。食品の細菌数を酸素消費量から推定する自動検査システムです。開発は、一般生菌数の測定から始まりました。現在では、大腸菌群、大腸菌(定性)、黄色ブドウ球菌、サルモネラ菌の測定ができるように改良されています。このシステムは溶存酸素(Dissolved OXygen)を測定するため、DOXシステムと呼ばれています。

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特長は、以下のとおりです。

①誰にでも簡単に操作できる、

②判定が早く、異常があるほど早い、

③必要な人員、時間が少ない、

④ランニングコストが少ない、

⑤多検体を同時に測定、

⑥自動でデータベース化される、

⑦広い場所を要しない、他。

 詳しくはDOXシステムの専門メーカーである、(株)バイオシータのホームページを参照してください。https://www.bio-theta.co.jp/

 第3話でお話しした食品取扱いに必要なビタミン“愛”は、どのようにして調べれば良いのでしょうか?

 

【参考文献】

吉倉廣:微生物学講義録、日本ウイルス学会、http://jsv.umin.jp/microbiology/

天野義久ら:酸素電極を用いた一般生菌数検査簡易迅速化、食科工誌、48, 94-98(2001)

S. Kawasaki, et.al.: Comparison of traditional culture method with DOX system for detecting Coliform and Escherichia coli from vegetables, Food Sci.Technol.Res., 9, 304-308(2003)